2025年4月1日火曜日
ラウム通信vol.123 5月〜6月のスケジュールです

 




 
2025年3月22日土曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 3月8日のご報告~ 神田陽子

  3月に入って初めての土曜歌声。 この日も春の気配のかけらも感じられない寒い日でした。 それでも参加して下さった皆さんの歌声は寒さも吹き飛ばす勢いでした♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪


 世は卒業シーズン。 テレビの歌番組でも『卒業』『別れ』『春』をテーマにした曲の特集が組まれる頃です。
 この季節に必ず歌いたくなる195歌集の「旅立ちの日に」をファーストソングに選び、卒業ムードに浸りながら歌いました。 
 とある中学の校長先生が荒れた校内を慮り、『歌声の響く学校』を目指して作詞、それに音楽の先生が曲を書いて作られた曲ですが、温かく希望に満ちた言葉で溢れた歌詞と、郷愁を感じさせる優しいメロディが荒んだ生徒達の心を和らげ、やがて全国の卒業式で歌われるようになったそうです。 合唱で歌われるのも感動をより大きくして、聴いていても歌っていても胸にジーンと沁みます。

 リクエストは「どこかで春が」  この歌は1923年(大正12年)に、『小学男生』と云う子ども向けの雑誌に百田宗治の詩が発表されて、後に草川信によって曲が付けられたそうです。  『春の訪れ』を何気ない自然の変化の中に見つけて、それを喜んでいる様子がよく解ります。 『山の三月 東風(こち)吹いて…』のメロディが曲のアクセントになっていて素敵です。
  
 「花は咲く」  この日から数日後の『3月11日』は東日本大震災の発生日です。 決して忘れてはならない震災の悲惨さ、戒め、悲しみ、無念さ… この歌の歌詞にはいろんな想いが詰まっています。 その想いを大切に、決して忘れないでこの復興応援ソングを歌っていかなければと改めて痛感しました。

 『生きもの地球紀行』のメインテーマ「Believe 」 この日お初参加の女性客から「あの素晴らしい愛をもう一度」 北海道の春の訪れを歌った、ダ・カーポの「宗谷岬」の3曲を歌いました。 どの曲も度々リクエストされる人気曲ですが、どれも歌っていると明るい気持ちになれるものばかりです。

 「月光仮面は誰でしょう」 リクエスト者から、この曲の作曲者 小川寛興氏についてや、その頃のヒーロー物の解説を頂きましたが、同世代の皆さんのうなずきが多く見える中、やや歳下の私と、この日来てくれた私の同級生は『ちょっとわからないなぁ〜』と首を傾げておりました(謝)
  土曜歌声のお客様は歌に詳しい方が多いので、その博識ぶりを披露して頂けると勉強になり本当にありがたいです。 (こうやってブログのネタにもできますし… 笑)
 蘊蓄(うんちく)大歓迎ですので、これからも大いにご披露お願い致します🙇‍♀️

 「希望」 この曲も本当によくリクエストされる人気曲です。1970年(昭和45年)にリリースされた岸洋子の大ヒット曲で、日本レコード大賞の『歌唱賞』も受賞しています。(1964年「夜明けのうた」の受賞以来2度目)
 元々は倍賞千恵子のミュージカルのために作られた曲だそうですが、長尺のためレコード化はされず、1969年にフォー・セインツがテンポを上げてレコーディングしてオリコンチャート26位に入っています。
 ゆったりと歌詞を噛みしめる様に歌い出し、徐々に盛り上がっていく曲調は心の奥に重く響き、最後の転調でまた気持ちも高揚していく曲です。

 「さよならはダンスの後に」 倍賞千恵子の1965年のシングルで、作曲者は「月光仮面は誰でしょう」で話題になっていた小川寛興。 彼はこの曲で日本レコード大賞作曲賞を受賞しています。 この歌をモチーフに松竹によって同名の歌謡映画も作られています。
 後年アニメ『美少女戦士セーラームーン』のテーマソング「ムーンライト伝説」との酷似が問題になり、楽曲制作の当事者である長戸大幸は、「ムーンライト伝説」は「さよならはダンスの後に」を模して作曲されたことを証言しています。 著作権使用料の一部を小川寛興に分配することで和解しているそうですが、確かにこの2曲、聴いてみると良く似ています。

 「空も飛べるはず」 スピッツの人気曲ですが、これも卒業シーズンによくリクエストされます。 ドラマ『白線流し』の主題歌だったことがその理由でしょう。 ドラマの中で、卒業式当日に、卒業生たちが学帽の白線とセーラー服のスカーフを一本に結びつけ川に流すシーンがありますが、これは岐阜県立斐太高等学校での卒業イベントに倣ったものです。
 歌詞は難解で、『卒業』や『青春』をテーマにはしていないのですが、このドラマの卒業シーンから『卒業』のイメージが付いてしまったようです。

 「哀しみのソレアード」 Mr.Mからの紹介曲で、『Soleado』とはスペイン語で『日だまり、日当たりの良い場所』と云う意味です。 この曲は『哀しいことから、暖かい陽の射す場所へ向かう』と云う前向きな歌なのでしょう。 
 元はイタリアの音楽グループ『ダニエル・センタクルツ・アンサンブル』が、1974年に発表したインストゥルメンタルの楽曲で、さらにその原曲は14世紀にまで遡ると言われていますが定かではありません。
 美しいメロディに世界中で多くの歌詞が付けられ歌われて来ました。 日本語の歌詞もいろんな作詞家が書いていますが、525歌集のものはアン・あんどうさんと云う訳詞家によって書かれた『愛』と『別れ』を切なく表現した歌詞です。 この方は、日本訳詞家協会の理事もされていましたが、残念ながら2020年に76歳で亡くなられています。 
 途中のセリフは、いつもセリフ付きの歌でMr.Mに無茶ブリをする私に逆指名(^_^;) ロマンティックな詩なのでふざける訳にもいかず、ここはどシリアスに語りました( ◠‿◠ )

 私からもう一曲、「Fly Me to the Moon 」を紹介して前半終了です。 メロディは良く知られていますし、英語のみの歌詞ですがシンプルな英文なので歌い易いと思い、2つのバージョンでツーコーラス歌いました。 

 後半のスタートは、レミオロメンの「3月9日」を選びました。 テレビドラマ『1リットルの涙』の挿入歌で、合唱曲にもなって卒業シーズンによく歌われます。 前回訃報をお伝えした故Kさんのお気に入り曲で、この曲をリクエストされた時居合わせた池辺御大は、『こんな若者の曲をご存知とは』と驚いたものでした。 言葉の乗せ方の難しい曲ですが、オリジナルではロックバージョンより、弦楽四重奏がバックのカルテットバージョンがお勧めです。
 
 リクエストは「春一番」 キャンディーズのヒットナンバーを元気に歌いました。 軽快な曲調のこの曲は、元々アルバム『年下の男の子』に収録されていたものをシングルカットしたそうです。 
 泣いてばかりいた自分を鼓舞して、春の訪れと共に積極的に彼を誘って、『恋をしてみませんか?』と。女の子の可愛い恋心が芽生えそうな感じです❤️
 因みに『春一番』とは、気象学的には『春になって最初に吹く強い南風』とされていますが、気象庁がこう定義し、発表するようになったのは、この曲のヒットが大きな要因になっているそうです。

 「星の界(よ)」 原曲は、アメリカ人作曲家 コンヴァースの作曲した賛美歌「What A Friend We Have in Jesus」で、日本語では「いつくしみ深き」のタイトルで結婚式などでよく歌われます。
 525歌集の歌詞は、1910年(明治43年)に『教科統合中等唱歌』に発表された文部省唱歌で、作詞は 杉谷代水(すぎたにだいすい)と云う詩人、劇作家、翻訳家です。
 リクエスト者の『他の歌詞のものもあるようですが…』のお言葉に、帰りがけに他のお客様からその歌詞を教えて頂きました。
 「星の界(よ)」の歌詞が子どもには難解とのことで、川路柳虹が作詞したものが次の歌詞です。 確かに解り易く、タイトルも「星の世界」となっています。

     かがやく夜空の 星の光よ
     まばたく数多(あまた)の 遠い世界よ
     ふけゆく秋の夜 すみわたる空
     のぞめば不思議な 星の世界よ

     きらめく光は 玉か黄金か
     宇宙の広さを しみじみ思う
     やさしい光に まばたく星座
     のぞめば不思議な 星の世界よ

 
 「黒の舟唄」  これも珍しいリクエストでした。 『火垂るの墓』の直木賞作家 野坂昭如の歌った「マリリン・モンロー・ノーリターン」と云う曲のB面曲で、後にはこの曲の方が評価されるようになります。 確かに奇妙奇天烈な「マリリン…」よりも、まだ理解できそうですが、退廃的でデカダンスの雰囲気を醸し出しています。
 尚、作詞は野坂昭如自身と思われていますが、実際は能吉利人(のうきりひと)で、これは作曲の桜井順の変名とのことです。 つまり作詞 作曲は同一人物なのです。

 森山直太朗の「さくら」 渡辺真知子の「迷い道」 いずれも335歌集のシンガー・ソングライターの曲を続けて歌いました。  
 「さくら」は『桜ソング』の季節の先取りでしたが、この先リクエストされることが多くなるでしょう🌸🌸
 「迷い道」は、ユニークなイントロとリズムが特徴的な1曲です。

 「誰(たれ)か故郷を想わざる」  作詞 西条八十、作曲 古賀政男、歌唱 霧島昇で、1940年に日本コロンビアから発売されました。 
 当初、『故郷を想わない人はいない』と云う意味の反語が、難解すぎてヒットしないだろうと判断されて、慰問用レコードとして全て戦地に送られてしまったみたいです。 ところが戦地の兵士たちの望郷の念をかきたてて大ヒット。内地に逆輸入されると云うおかしな事態になったそうです。 
 その後、慰問に訪れた歌手がこの歌を歌うと、兵士たちは皆階級の別なく大号泣だったとのことです。

 「旅人よ」  一年を通して人気の高い曲です。 『作曲の弾厚作は加山雄三さんのペンネームですよね。 團伊玖磨と…』と言い淀んでいると、すかさずどなたかが、『山田耕筰!』と教えて下さいました。 そう、この2人の偉大な作曲家からもらった名前ですね。
 この曲は単なる旅をする人を歌っているだけでなく、人生という長い旅にも当てはまる歌詞になっていて、加山雄三本人が『岩谷時子さんの歌詞は本当に深い。』と語っているように、歌っているといろいろな想いが去来するような1曲です。

 「星に願いを」 ディズニーの数ある名曲の中でも、これを1番に選ぶ人は多いでしょう。
 それほど有名で美しい曲なので、誰の心にも感動をもたらす曲だと思います✨✨
 1940年公開の、ディズニー・アニメーション映画『ピノキオ』のために制作され、原題は「When You Wish Upon a Star」で、歌集に英語の歌詞も載っているので、日本語 英語の順で歌いました。 

 「小さな世界」 ディズニーつながりでリクエストされましたが、この曲は原題「It’s a small world 」で、世界各地のディズニーパークにある同名のアトラクションのテーマソングです。 明るく軽快な曲調で演奏されますが、当初はスローバラード風の編曲だったものを、ウォルト・ディズニーの希望で、陽気でアップテンポのアレンジに変えたそうで、この曲はウォルト・ディズニーの一番のお気に入りと言われています。

 スタッフからの紹介曲として、Mr.Mより「TOP OF THE WORLD」 私から「大きな古時計」 Mr.Mから「エーデル・ワイス」の3曲を続けて歌いました。

 ラストソングは「仰げば尊し」 昔の卒業式には必ず歌った定番曲です。 今この歌を歌って卒業する高校生はかなり少ないようです。 歌詞の言葉も難しく、今の時代にそぐわないと云う考えもあるのでしょうが…
 この歌を歌ったかつての高校生たちは、歌集も見ずに高らかに歌い上げ、オリジナルのアレンジで盛り上げたピアニストも感激したようです。 
 恥ずかしながら私はこの歌をずっと日本固有の曲だと思っていましたが、原曲はアメリカの「Song For The Close of School 」で、これが日本に伝わって、1884年(明治17年)に「仰げば尊し」として発表され、その後卒業式で広く歌われて親しまれてきたそうです。
 とても良い曲だと感じるのは私だけでは無いと思いますが…どうでしょう?

 次回は3月22日。 天気予報によると暖かくなるようです  (๑>◡<๑) このところ毎回大寒波襲来の日の開催だったので、やっとお天気に恵まれた思いです。
 ただ、気温差による体調不良の方もいらっしゃるようなので、ご無理の無い範囲でご参加下さい。 でもやはり、春の気配を感じられるとハッピーな気持ちになりますね٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
 よりハッピーになるために歌いにいらして下さいね♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

神田陽子



 
2025年3月8日土曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~2月22日のご報告~ 神田陽子

  何の因果か、またまた大寒波襲来の日と重なってしまった土曜歌声。 この日伏見に向かう地下鉄の中で、1通の悲しいメールを受け取りました。 昨年の5月までずっとラウムの常連でいらしたKさんの訃報を知らせるものでした。 おそらく男性陣では最高齢でしたが、ラウム草創期からのお客様で、土曜歌声にも欠かさず来て下さっていました。

 出されるリクエストがほぼ335歌集からの若い世代のもので、Kさんの番になると、何も仰らない前から皆さん335を用意されていたものです。 
 昨年、もう夜の外出は自信が無くなった、とのことで土曜歌声を卒業されました。残念でしたがお歳のこともあってご無理はさせられない、と思いましたが、Kさんのお好きだった曲がリクエストされると話題にさせて頂いたりしていました。
 今年の1月26日に久しぶりにKさんからメールを頂き、それも全文英語で書いてあったのですが、その時に初めて老人施設にいらっしゃることを知りました。 それでもお元気でいらっしゃるものとばかり思って、私も英語でお返事メールを差し上げましたが、その日からわずか10日余りの2月6日に亡くなられたとのことでした。 奥様のメールによれば『大好きだったラウムの歌集と英語の勉強ノートと共に旅立った』と。 本当にラウムを愛して下さった方でした。
 
 土曜歌声の冒頭にこの悲しいお知らせを皆さんにお話ししました。 ファーストソングには、Kさんがリクエストされていた「私の愛した街」を選んで歌い、この日はKさんを偲ぶ歌声サロンとなりました。

 リクエストは「春の日の花と輝く」  原曲はアイルランドの古い民謡「My Lodging It is on the Cold Ground (我が家は冷たき土の上)」で、そのメロディにアイルランドの国民的詩人トーマス・ムーアが、『Believe Me, If All Those Endearing Young Charms』と云うタイトルで歌詞を付けました。 
 いろんな詩が付けられて歌われているそうですが、日本語歌詞は堀内敬三による訳詞が優しい曲調に良く合っています。

 「野に咲く花のように」 ダ・カーポの代表作の1つですが、麗らかな陽射しが感じられる様な曲調で、歌っていると優しい気持ちになれる気がします。

 「北風小僧の寒太郎」  この日は正に北風が吹き荒れる天候でしたが、この曲はユーモラスな歌詞が寒さを感じさせませんね。 『かんたろ〜!』の掛け声は、Mr.Mが様々に声色を変えて受け持ってくれました。

 「春一番」  キャンディーズのヒット曲。 元気に歌って明るい気分になりました。 
『もうすぐ 春ですね〜』と歌っていた通り、この翌週にはいきなりの春がやってきたのですが… 実際に『春一番』が吹くのはもう少し先でしょうね。 

 「虹と雪のバラード」 札幌で冬季オリンピックが開催されたのは1972年ですから、もう53年も前のことになるのですね。 トワ・エ・モアの歌ったこのテーマ曲には、『札幌の地』と歌詞にも入っているので、札幌開催のオリンピックを国民がどんなに喜んでいたのか解ります。 その後も何度か札幌でのオリンピック招致を希望してきたのですが、残念ながら実現していません。 いつかまた『札幌の地』にこの歌が響く日が来ると良いですね。

 「追憶」 スペイン民謡となっていますが、原曲の楽曲は特定されていないようです。 
 アメリカでは、このメロディに「Flee as a bird 」と歌詞が付けられて、讃美歌・聖歌として歌われており、ニューオーリンズでは黒人の葬送の際によく演奏されるそうです。
 日本では、1890年の大和田建樹による「月見れば」、1919年の『惟一倶楽部』名義の「故小妹(こしょうまい)」として発表されていますが、1939年に、明治大学教授の古関吉雄が「追憶」と題して『星影やさしく またたくみ空』で始まる歌詞を発表して後は、これが学校教科書に取り入れられ今日まで歌われてきました。

 「灯台守」  原曲は一般的に『イギリス民謡』とされていますが、典拠は不明のようです。  アメリカの讃美歌「It came upon the Midnight Clear」や、日曜学校で歌われた「The Golden Rule」が原曲であると云う説もあって、いずれもメロディはそっくりだそうです。
 日本では、1889年(明治22年)に出版された『明治唱歌第三集』に、大和田建樹の作詞による「旅泊」として掲載されたのが最初で、続いて1906年(明治39年)に出版された『高等小学校(一ノ下)』に、佐々木信綱の作詞による「助船」として掲載されました。
 1947年(昭和22年) 、文部省発行の教科書『五年生の音楽』に、勝承夫の作詞による「とうだいもり(灯台守)」として掲載されたものが今日歌われている曲です。 小学校で習った歌というものは、いくつになってもスラスラ歌えるものですね。

 『灯台』からの連想で…という訳では無いでしょうが、お次のリクエストは「襟裳岬」
 作詞 岡本おさみ、作曲 吉田拓郎のフォークシンガーの曲を、演歌の森進一が歌ったことで一大センセーションを引き起こしました。 
 『言葉の乗せ方が独特の拓郎節を、森進一がどのように歌うのか?』も話題になったそうですが、拓郎自身は森進一の歌い方に感動して脱帽だったとのことです。  
 叙情フォークは演歌と通じるものがあり、この後、歌謡曲、演歌、アイドルの歌手に楽曲を提供するフォークやニューミュージックのアーティストたちが続々と出てくることになるのです。
 拓郎もこの曲をセルフカバーしていますが、森進一の切々と言葉を紡いでいく歌い方とはまるで違い、軽く淡々と歌っていますが、どちらも甲乙付けがたい味わいがあります。

 「ピクニック」 『丘を越え 行こうよ〜』で始まり、途中いろんな動物たちも出てきて鳴き声も愉快なこの曲、イギリス民謡となっていますが、元はアメリカ黒人民謡「She’ll Be Coming ‘Round the Mountain」と云う曲で、さらにこの曲の起源は黒人霊歌を元に登山家たちが口ずさんでいたものとされています。
 日本語の『ピクニック』は、もとはフランス語『pique-nique』からきていて、その昔、牛飼いや羊飼いが『nique(ささいなもの)』で食事をとるために休憩したことから生まれた言葉のようです。

 「影を慕いて」 古賀政男メロディの美しさが余すところなく出ている名曲です。高音部のファルセットも素晴らしく、リクエスト者のリードで歌いました。

 「坊がつる讃歌」  この曲も当サロンでは人気があって度々リクエストされます。哀切を帯びた旋律はどこか郷愁を誘い、歌っていると懐かしい想いに包まれる様です。
 広島高等師範学校の山岳部第一歌「山男の歌」をベースにしているそうで、どの歌詞にも『山男』の言葉が入っていますが、山男の猛々しさはどこにも感じられず、穏やかな曲調です。

 リクエスト一巡したところで、もう1曲私から紹介させて頂いたのは「糸」 中島みゆき作詞 作曲の名曲ですが、この曲は人と人との出逢い、縁(えにし)を描いています。 
 この歌声サロンで図らずも巡り逢えた皆さんとのご縁を大切に思い…特にこの日はKさんの訃報に接したこともあって、よりいっそうそのご縁に感謝して歌いました。

 ここで前半終了。 

 後半の紹介曲は「PRIDE」  今井美樹のヒット曲で、ドラマ『ドク』の主題歌でした。 作詞 作曲は、後に今井美樹の夫になる布袋寅泰。 いかつい風貌からはとても想像つかない優しく切ないこの曲は、亡きKさんもお気に入りでした。 この日はKさんを思い出しながら、いつも座っていらした席(その日は空いていました)を見ながら歌いました。何となくいつもの席にKさんがいらしていた様な気がしました。

 リクエストは「悲しくてやりきれない」  「イムジン河」が発売自粛となって、それに代わる曲を急遽依頼された加藤和彦が、フジパシフィックの会長室にほぼ軟禁状態の中、2〜30分で作った曲に、サトーハチローが打ち合わせも無く書いた詩がぴったり合って出来上がったのがこの楽曲です。
 
 「さびしいカシの木」  作詞のやなせたかしの生い立ちにも関係している歌詞のようで、やなせたかし自身が『“さびしい” という感情は、私たちの生命の本質に根ざしているのではないだろうか。』と語っています。 そこから彼は『人間の存在は本来 “さびしい” ものなのである』と云う人生観を持っている様に思われます。 
 晩年『さびしいことに なれてしまった』このカシの木は、それでも凛とした孤高の姿を感じさせてくれます。 
 次期の朝ドラ『あんぱん』は、やなせたかしとその妻の物語だそうで、『アンパンマン』を想起させるタイトルです。

 「インシャラー」 この曲は当サロン男性陣の人気曲ですが、元はサルヴァトーレ・アダモが、1966年平和への願いを込めて作った楽曲です。 
『インシャラー』は『それが神の思し召しなら』と云う意味だそうで、イスラム教徒の頻出ワードでもあります。 聖典コーランには、未来の約束をする時には『必ず言うように』と書かれているそうです。 エルサレムの地に真の平和が訪れるのも『神の思し召し』次第なのでしょうか?

 「私の彼は左きき」 1973年リリースの麻丘めぐみのシングルで、彼女の代表曲ですが、ラウム土曜歌声ではおそらくお初リクエストでした。 それでも皆さんよくご存知で、左手をヒラヒラさせながら歌われている方も👋  
 この曲がきっかけで、それまで若干肩身のせまい思いをしていた左利きの人が市民権を得て、左利き用品も多数販売されるようになったそうです。 左利きの人って器用な人多いですよね٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

「友だちはいいもんだ」  リクエスト者の私の同級生にリードしてもらって歌いました。
 知り合った人が全て『友だち』になれるかと言ったら、それは難しいかも知れません。『友だち』の概念も人それぞれ違うでしょうし… でも、『ご縁』のある方とはいつしか『友だち』になっているものだと思います。 

 「さらば恋人」 これも度々リクエストされる曲ですが、反ファシスト党運動においてイタリア・パルチザンによって歌われた歌曲です。 
 20以上の言語で歌われてきて、今日では、圧政から解放されると云う固有の権利を象徴する歌になっています。 
 日本では、東京大学音感合唱研究会の日本語訳で歌詞が作られて、1950〜1960年代には歌声喫茶で歌われました。

 「春の唄」 『ラララ 紅い花束 車に積んで…』で始まる、明るくはずむような曲調のこの歌。 春の訪れを心から喜んでいる気持ちが伝わってきますね💐
  私は春生まれなので、季節の中ではもちろん春が一番好きです。 『花束を積んだ荷車がやって来る時代っていつなんでしょう?』と思い、調べましたら、この曲は1937年(昭和12年)に『国民歌謡』の1つとして発表されたそうです。 柔らかい陽射しまで感じられそうな1曲です。

 「サン・トワ・マミー」 ベルギーの歌手サルヴァトーレ・アダモが1962年に19歳で発表した曲で、日本では岩谷時子の歌詞による、越路吹雪の歌唱でよく知られています。 失恋の歌ですが、ミディアムテンポで軽やかな曲調です。 原曲「Sans toi ma」の意味は、『あなたなしでは』だそうです。

 「しあわせ芝居」  これもおそらく土曜歌声ではお初リクエストと思われます。
 1977年に、中島みゆきが作詞 作曲を手掛け、『花の中3トリオ』の1人 桜田淳子が歌いました。 後に、研ナオコや中島みゆき本人も歌っていますが、淡々と綴られる歌詞には、女性のひとり芝居の雰囲気も感じられ、退廃的で不思議な感覚に陥ります。 
 初めて歌ってみたのですが、後で音源を聴いてみたら、音はうろ覚えでしたし、テンポももう少し速いことが判りました。とても素敵な曲なのでまた歌いたいと思います。

 「千の風になって」  『Kさんを追悼して…』とリクエスト者のお言葉とリードで、皆さん心を込めて歌って下さいました。 

 「街の灯り」 1973年リリースの堺正章のシングルで、伝説的ドラマ『時間ですよ』の挿入歌として使われました。 
 作詞 阿久悠、作曲 浜圭介のヒットメーカーが手掛けて、同年の日本レコード大賞では、作曲賞を受賞しています。  『そばに誰かいないと…』と穏やかに始まる曲ですが、サビでは徐々に盛り上がって『そっといった〜』と歌い上げる緩急に富んだ曲調が素敵です。

 「愛燦燦」  作詞 作曲を小椋佳が担って、美空ひばりが歌い大ヒットしたこの曲も当サロンでは人気曲のひとつです。 
 『味の素』のCMで流されたのですが、最初は美空ひばりの名前がクレジットされていなかったので覆面シンガー扱いだったみたいです。 声質からすぐに判明するのですが、『歌謡界の女王』美空ひばりの歌唱力を改めて示すエピソードになっているそうです。
 太陽の光が降り注ぐ様の『燦燦』を、愛が惜しみなく降り注がれる様に置き換えて「愛燦燦」と表したのではないでしょうか?  『過去達は 優しく睫毛に憩う』などの表現に、小椋佳のワードセンスを感じずにはいられません。 

 この日はしんみりとした曲が多くリクエストされたのですが、最後は元気よく「また逢う日まで」でお開きとしました。 (きっとまた逢える、と信じながら…)

 次回は3月8日。 この日まで冷たい風が吹く寒い日が続くそうで、このところ土曜歌声は嫌がらせのように寒い日に当たっています🥶 
 それでも春を呼び込む気持ちで歌いたいと思います♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
 ご参加を心より願っています。 くれぐれもご無理はなさらない様に! 

神田陽子



 
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