2026年2月21日土曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 26年2月14日のご報告~ 神田陽子

  聖バレンタインデーのこの日は、穏やかな小春日和でした。 ミラノ・コルティナ冬季オリンピックも連日胸踊る熱戦が続いています。 そのオリンピックつながりで、ファーストソングは「白い恋人たち」を選びました。 1968年、フランス・グルノーブル冬季オリンピックの同名記録映画の主題歌です。

美しい旋律はフランシス・レイの作曲で、有名な『ある愛の詩』のテーマも彼の作品です。 いずれも甘いロマンティックなメロディが印象的です。

 リクエストは「狙いうち」 『金メダルを狙い打ち…』とはリクエスト者の弁。 『ウララ ウララ ウラウラで…』と、なんだか不思議な呪文に聞こえなくもない… そんな歌で日本のメダル獲得を祈ったのでした🎖️   (この応援のご利益でしょうか?(笑) これを書いている時点で24個のメダル獲得で新記録🏅🥇)

 サーカス「アメリカン・フィーリング」 布施明「シクラメンのかほり」に続いてリクエストされたのは、日本で冬のオリンピックと言えばやはりこれ、「虹と雪のバラード」 1972年開催の札幌オリンピックのテーマソングです。 作詞 河邨文一郎、作曲 村井邦彦です。この曲はNHKの依頼で作られたのですが、その際作詞の河邨氏は次のような要望をされたそうです。

    1. イベントが終わっても長く歌い継がれるもの。
    2. オリンピックを待ち焦がれる札幌の人たちの心情を
      表していること
    3. 重々しい式典風のものではなく、
      屋根裏の落第坊主がギターを爪弾いて歌え、
      なおかつ、何千人もの合唱に耐えうること。

 出来上がった曲は全ての条件を満たしていると思われますが、『屋根裏の落第坊主…』とはかなり突飛な表現ですね( ◠‿◠ )

  中島みゆき「地上の星」 南米ポップス「コーヒー・ルンバ」 ジローズ「戦争を知らない子供たち」の3曲を続けて歌いました。
どれも度々リクエストされる曲ですが、「戦争を…」を歌っていてふと思いました。 もう少し年月を経たら、戦争を知らないのは『子供たち』だけではなく、『大人たち』もそうなるのだろうと。 戦争なんか経験するのはまっぴらですが、戦争の悲惨さを伝え平和を守ることは大切なことです。 『反戦歌』と言われる曲はたくさんあります。せめてそのような曲を歌うことで少しでも平和の尊さを伝え続けられたらと思います。

 「アムール河の波」  『アムール河』はロシアのシベリア南東部と、中国東北部との国境及びその付近を流れる北東アジア第一の大河で、中国語では『黒竜江』と呼ばれています。 ロシアでは『母なるヴォルガ』『父なるアムール』と並び称されているそうです。
 この曲は、日露戦争中の1903年から1905年の間に作られたもので、アムール河を讃える現地民謡をワシレフとポポフがロシア語に訳すとともに、歌詞を付け加え、それにキュスが曲を付けて出来上がりました。 3拍子のワルツのリズムで、流麗で美しい旋律はロシア曲の雰囲気をよく表していて、合唱曲としても歌われます。

 「国境の町」 1934年(昭和9年)に発表された曲で、燕尾服に直立不動の姿勢という独特のスタイルで、東海林太郎が歌い大ヒットしました。 満州の国境付近を舞台に、異国の地で故郷をしのぶ望郷の想いが歌われています。 

 「心の窓に灯火を」 「小さな日記」 「君について行こう」の3曲を続けて歌いました。 「心の…」は、冬の定番曲で、私も大好きな曲です。『ほら』のところは、心を込めて誰かに呼びかけるように歌うと良いでしょうね( ◠‿◠ )        「小さな…」は、フォー・セインツが歌ったカレッジフォークの代表曲として知られています。 「君に…」は、ザ・シャデラックスの曲で、カントリー調の素朴なフォーク・ソングですが、1番、2番… と、どんどん転調されて歌われています。

 「愛の讃歌」  近頃よくリクエストされますが、華やかな装飾のピアノアレンジで、リクエスト者にドラマティックにリードして頂きました。 現在開催中のミラノ・コルティナ冬季オリンピックに、女子のフィギュア代表として出場している坂本花織選手のフリーの曲でもあります。 引退を表明している彼女にとって最後のオリンピックになるので、是非有終の美を飾って欲しいと思います⛸️

 「チム・チム・チェリー」 1964年のミュージカル映画『メリー・ポピンズ』の劇中歌の1曲で、この映画のテーマ曲として知られています。 この曲は、映画の脚色を担当したドン・ダグラディによる煙突掃除人のスケッチからヒントを得て作られたそうです。 ダグラディは『煙突掃除人に会うと幸せになれる』と云うイギリスの古い伝承を披露して、作詞 作曲のシャーマン兄弟にインスピレーションを与えたとのことです。 歌唱は『サウンド・オブ・ミュージック』のジュリー・アンドリュースで、パラソルをさして空から降りてくるシーンが目に浮かびま☂️

ここで前半終了ですが、この日はバレンタインデーと云うことで私たち母娘からもチョコレートを用意していたのですが、お客様方からもたくさん差し入れを頂いて、小腹を満たすモグモグタイムとなりました🍫 

 後半は、やはりバレンタインデーに因んだ曲を、と言うか単に名前かぶりからですが、「My funny Valentine 」を、Mr.Mのリードで紹介させて頂きリスタートです。 用意された歌詞カードには、英語の歌詞と解説も載っていて解り易かったのでは? 歌詞の『valentine』は『v』が小文字なので、固有名詞ではなく、『愛しい人、恋人』といった意味でしょうか?  ムードたっぷりにスローテンポで歌われますが、歌詞の内容はさほどロマンティックでもありません。 タイトルに『funny』と付いているだけあって、愛しい人の容姿を『laughable(笑える)』『unphotographable(写真向きじゃない)』なんて表現しています。 ちょっと言われたらムッときそうな言葉の中にも『愛』があるのでしょう。 『But don’t change a hair for me(でも、髪の毛一本も変えないで)』なんて歌っているのですから。 元は1937年のミュージカル『Babes in Arms』のナンバーで、ジャズの代表的な1曲です。 多くの歌手が歌っていますが、この夜はフランク・シナトラ バージョンで。

 リクエストは「花の街」 『春』を待ち望む今にぴったりの曲です。 実際の『春』はまだ少し先でしょうが、美しい花々が咲きほころぶ季節が待ち遠しですね🌸

 「ちんちん千鳥」 1921年(大正10年)に発表された、作詞 北原白秋、作曲 近衛秀麿による美しい童謡です。 成田為三も同じ歌詞に曲をつけているそうですが、千鳥を題材にした童謡は前年に、作詞 鹿島鳴秋、作曲 弘田龍太郎による「浜千鳥」が発表されています。 どちらも童謡と言うよりはクラシカルな歌曲と呼べる曲ですが、「ちんちん千鳥」は川を、「浜千鳥」は海を舞台にしています。 
「ちんちん千鳥」では『ちんちん千鳥は親ないか…』と、「浜千鳥」では『親をさがして…』と、『千鳥』は親とはぐれた鳥として描かれています。 どうしてそんなイメージなのでしょうか? 
 それは『千鳥』の鳴き声にあると言われています。 『小鳥はとっても歌が好き♪』の「ことりのうた」で、小鳥の鳴き声は『ちちちちち』と歌われていますが、この『ち』の音は、『千鳥(ちどり)』の『ち』の語源・由来にもなっているそうです。 さらにこの『ちち』という音は『父』を連想させるため、『千鳥』はまるで父親を探して鳴いているように聞こえると言われ、そこから親とはぐれたイメージが出来上がっていると考えられているそうです。 何気なく歌っていたフレーズにこんな意味があったなんて… そう思いながら歌うと、何だか悲しい気分になりますね😢

 次にリクエストされたのは、ガラッと雰囲気の違う「おてもやん」 陽気な熊本民謡で、クセの強い熊本弁で歌われています。ここは熊本出身のMr.Mの出番です。 元々は『熊本甚句』と呼ばれていたそうですが、『甚句』とは、主に七七七五形式で、江戸時代後期から各地で流行った民謡の一つの形です。『地ン句』すなわち『地の句』であり、土地土地に生まれた歌であると云う説や、神に供える歌という意味の『神供』だと云う説もあるそうです。
 『おてもやん』は『おチモさん』という実在の人物がモデルだそうです。 『ご亭主殿(ごていどん)が ぐじゃぺだるけん…』と云う歌詞は、『ご亭主が不細工だから…』と云う意味ですが、実際におチモさんに横恋慕した人物には、顔に天然痘の痕があったと言われています。 
 女性のメイクで頬紅が濃過ぎる失敗メイクを『おてもやんメイク』と言うそうですが、そう言えば昔母に『おてもやんみたい』と言われたことを思い出します(#^.^#)

 「愛燦燦」 これも年間を通して人気の高い曲です。 小椋佳の作で、美空ひばりが情感たっぷりに歌いました。 小椋佳のワードセンスが光る素晴らしい1曲です。

 「旅立ちの日に」 毎年卒業シーズンにはリクエスト頻度が多くなる曲です。 卒業式では合唱で歌われることが多く、最近では「仰げば尊し」に代わる卒業ソングの定番になっています。 『今 別れの時 飛び立とう 未来信じて…』のフレーズは、聴いていても歌っていても胸にジーンと迫るものがあります。 どこかの校長先生が荒れていた自校の生徒のために書いた詩が、全国の児童生徒の心に届く名曲になって、文字どおり『羽ばたいた』のですね🪽

 菅原洋一「今日でお別れ」 赤い鳥「翼をください」の2曲を続けて歌いました。 『別れ』と『翼』は、前曲「旅立ちの日に」のモチーフですね。
卒業だけでは無く、春は新しい門出の時でもあります。 いくつかの別れの先には新たな出会いもあって、人生の節目となる時期でしょう。 不安のドキドキ感と、期待のワクワク感がせめぎ合う『変化の時』ですね٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 「私はピアノ」 1980年3月に発売された桑田佳祐作のサザン・オールスターズの楽曲ですが、同年7月に高田みずえがカヴァーして歌ったバージョンでよく知られています。 桑田節とも言える独特の節回しは、息継ぎのタイミングが難しくてなかなかスムーズに歌えませんが、歌詞を暗記して一気に歌うのが良いかもしれません。

 「冬の夜(よ)」 よく知られた文部省唱歌ですが、作詞 作曲は不詳として、1912年(明治45年)『尋常小学唱歌(第三学年用、第16曲)』に掲載されたのが初出です。 (525歌集では、作曲は小林秀雄とあります)
 歌詞にある『過ぎし戦の想い出語る』は、元は『過ぎし戦の手柄を語る』だったそうですが、戦意高揚を煽るとの批判から、戦後は『過ぎし昔の想い出想い出語る』に改変されたそうです。 けれど、そうすると次に続く『こぶしを握る』の歌詞の意味が不明になるし…  525歌集のものは『想い出』のみ『戦』としているのでちょうど良い感じです。

 「海は目をつぶる」 ゆったりと穏やかな風情を漂わせて歌われる前半部は『ああお母さん!』と詠嘆して終わり、一転『波 波につぶやき…』と、弾むような曲調に変わる後半部との対比が印象的な曲です。 Mr.Mに情報提供してもらった解説によると、昭和30年代頃、呉羽紡績提供の『朝日放送ホームソング』というラジオ番組があって、この歌もその番組で放送されたそうです。 作詞はサトーハチロー門下の吉岡治、作曲はCMソングのヒットメーカー桜井順で、歌唱は芸大を卒業したばかりで、NHK初代『うたのおねえさん』の眞理ヨシコでした。

「東京ラプソディー」 1936年(昭和11年)に発売された昭和歌謡で、作詞 門田ゆたか、作曲 古賀政男、歌唱は芸大出身の藤山一郎という豪華な顔ぶれ。 次第に戦時色が濃くなりつつある頃に作られたこの曲は、昭和モダン華やかなりし頃の東京を明るい曲調で歌っています。 歴史家の今西英造はこの曲を『モダニズムの残響』と評しており、古き良き昭和の姿を賞賛しています。 『夢のパラダイスよ 花の東京…』と歌われた東京も、この後戦禍に見舞われ、焦土となってしまうことなどまだ誰も知らない頃に流行りました。

 岡林信康「友よ」 学生運動が盛んだった1960年代末にリリースされた曲ですが、当時『反体制の象徴』と言われていた岡林の意図を超えて、左翼運動と結びついていったことは遺憾だったようです。 『夜明けは近い…』というフレーズが印象的で、確かにこの言葉には強いメッセージ性があるように思われますが、私は『友情』の歌としても秀逸だと思います。

 小学唱歌「冬景色」 1913年(大正2年)発行の『尋常小学唱歌教材 第5学年用(第13曲)』に初出。 作詞 作曲はいずれも不詳。 文語体の歌詞は1番から3番まであり、それぞれ日本の冬の朝、昼、晩の景色を六五調で歌っています。 美しい日本語をじっくり味わえる名曲です。

 『知らない曲ですが…』とリクエストされたのは「遠い世界」 この曲は日本のスタンダードに入ると思っていたので、思わず『ご存知ないですか?』と聞き返してしまいましたが、誰もが知っていると思い込むのは良くないですねm(_ _)m     未知の曲でも『知りたい。聴きたい』と思われたら、どんどんリクエストしてくださいね(╹◡╹)

 この日のラストソングにMr.Mが選んだのは、オリンピックの開催国 イタリアに因んで「ナポリは恋人」 はるか遠くの地で、熱戦を繰り広げている選手に届け、とばかりに『ナポリ 夢の街〜』と歌い上げてお開きに♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

 今月はイレギュラー開催なので、次回は1週間後の2月21日開催です。 第4土曜日の28日はお休みとなりますので、よろしくご了承ください🙇‍♀️天気予報によると、とても暖かくなるみたいです( ◠‿◠ )
    寒暖差で体調不良になりかねません。くれぐれもお身体大切に。
では、皆さまのお越しをお待ちしております。

                                          神田陽子



 
2026年2月13日金曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 26年1月24日のご報告~ 神田陽子

  ミラノ・コルティナ冬季五輪が開幕して、スポーツ観戦はもはや趣味と言っても良い私。 8時間の時差もなんのその、毎晩睡魔との、こちらも熱戦(笑)が続いています。 ほぼ睡魔の辛勝 ですが、フィギュア団体戦では、素晴らしい演技の数々に眠気も吹っ飛んで感涙にむせんでおりました(´༎ຶོρ༎ຶོ`)


 前置きはさておき、1月24日の土曜歌声の模様をレポートしていきます。 
 この日も大寒波の襲来で冷たい風が体温を奪っていく酷寒の中、来てくださったお客様と共に気持ちだけでも暖かくなるようにと「たきび」をファーストソングに選びました。 
 『あたろうか あたろうよ』と、ほのぼのとした歌詞が印象的ですが、この曲は1941年(昭和16年)、まさに太平洋戦争勃発の年に作られました。 ところが、戦時下『落ち葉は風呂焚きに使える』『たき火は空襲の目標にもなる』との軍からのお達しで、この歌も禁止されてしまいました。 戦後はGHQが『たき火は暴動を誘発する恐れがある』と言ったことで自粛され、2001年には廃棄物処理法で『野焼き』が禁止されたので、今ではこの歌のように街角でたき火を楽しむことはできなくなってしまいました。 時代錯誤的な歌ですが、童謡としてはいつまでも残したい1曲です🔥

 リクエストは「坊がつる讃歌」 1978年にNHK『みんなのうた』で芹洋子が歌いました。 元は1952年(昭和27年)に、九州大学の学生たちが大分県九重連山の『坊がつる』の山小屋で、広島高等師範学校の山岳部の「山男の歌」をベースに作った替え歌に由来しているそうです。 ゆったりとした曲調からは、山男のロマンが感じられます。

 「スキー」 前曲から山を連想させますが、こちらは一転して軽快で速いテンポの曲なので、歌っているとそのスピードも体感できる気がします。冬季オリンピックの花形種目、アルペン競技も楽しみですね⛷️

 「思い出のグリーン・グラス」 美しく覚えやすいメロディは、誰もが知っていると思われる曲です。 山上路夫の日本語歌詞は、都会で夢破れ、故郷へ戻った私を迎えてくれる、パパ、ママ、そして彼。 昔と変わらぬ我が家、樫の木… そんな郷愁の歌です。 けれど、原曲のオリジナル歌詞は衝撃的なエンディングをむかえます。 英詞と訳詞を載せておきます。
 
 Then I awake and look around me At the four grey walls that surround me And I realize, yes, yes, I was only dreaming
( そして目が覚めて見回すと、四方には僕を囲んでいる灰色の壁。そこで気付く。そうだ、そうだ、僕はただ夢を見ていただけなんだ。)

For there’s a guard And there’s a sad old padre Arm in arm we’ll walk at daybreak Again I touch the green, green grass of home
( なぜなら看守がいるし、悲しげな老神父もいる。夜明けには腕を取られて歩いて行くだろう。また僕は故郷の青々とした芝生にふれるんだ。)

Yes, they’ll all come To see me in the shade Of that old oak tree As they lay me neath The green, green grass of home
( そうだ、みんな僕に会いにやって来るだろう。 あの懐かしい樫の木の木陰で、彼らは僕の亡骸を横たえるんだ。 故郷の青々とした芝生の下に。)

 この歌は、死刑囚が執行前に見た夢を綴ったものでした… 『見果てぬ夢』… そんな言葉が浮かびます。

 ダーク・ダックス「銀色の道」 五輪真弓「恋人よ」 西ドイツの同名映画の主題歌「白銀は招くよ」 中島みゆき「時代」 西田佐知子「エリカの花散るとき」 長渕剛「乾杯」の、様々な曲調の6曲を続けて歌いました。
 どれも人気曲ですが、特に「白銀は…」は、今回の五輪開催地コルティナ・ダンペッツオで70年前に開催された冬季オリンピックで、三冠に輝いたトニー・ザイラーが主演している映画なので、タイムリーなリクエストでした。

 この日は時間に余裕があったので、スタッフからも色々な曲を紹介させて頂きました。 なにせ3冊の歌集にはおよそ1000曲収録されているので、まだ1度も歌っていない曲や、めったに出ない曲など、レアな曲を掘り出してやるのも必要と思います。 思わぬ掘り出し物が、誰かのお気に入りになるかも知れません。

 Mr.Mからは「ラ・クンパルシータ」 アルゼンチンタンゴの名曲ですが、おそらく土曜歌声ではお初披露では無いでしょうか?  
 ウルグアイのヘラルド・エルナン・マトス・ロドリゲスが17歳の時に作曲した曲で、当初は行進曲のつもりで作られたそうです。 その後タンゴとして、アルゼンチンのロベルト・フィリポ楽団が中間部を付け加え、カーニバルに参加する仮装行列のために再構成して作曲し直しました。 「ラ・クンパルシータ」という曲名は『小さな仮装行列』と云う意味です。 
 この曲はABACAによるロンド形式で、多種多様なアレンジで演奏されています。 行進曲から生まれたからでしょうか? テンポ良く刻まれたリズムで始まり、情熱的な曲調から哀切なムードに移っていくメリハリのある名曲です。 また余談になりますが、私の亡き父はこの曲が大のお気に入りでよくアコーディオンで弾いていたので、私も幼い頃からメロディには馴染んできましたが、歌詞があるとは知りませんでした。

 ここで前半終了です。お客様からの差し入れを頂きました( ◠‿◠ )

 後半は、私からの紹介曲「さらば青春」でリスタートです。
 先日NHKの『SONGS』に作者の小椋佳さんが出ていて、この曲でデビューした頃のお話をされていました。 82歳の現在も歌手活動をされていますが、一度は引退も考えたそうです。 『なぜ続けているのか?』の問いに、『長く歌手を続けていても満足に歌えることは少ない。けれど、たまに自分でも上手く歌えたと思える時があって、それを味わうために歌い続けている。』と云うようなことを話されていました。 それを聞いてプロの歌手の真髄を感じました。 日本語の美しさを大切にされていることも、数々の名曲を聴けば納得ですね。

 リクエストは 「死んだ男の残したものは」 作詞 谷川俊太郎、作曲 武満徹による反戦歌です。 詩の内容は深くて、戦争のもたらす空しさを淡々と語っています。 武満徹の退廃的で気怠い雰囲気を持つ旋律が、その空虚さをより際立たせているように思えます。

 「歌えバンバン」 「ケ・サラ」 「陽気に生きようこの人生をさ」 渚ゆう子「京都慕情」 「灯台守」 「Believe」 よくリクエストされる6曲を続けて歌いました。 どれもよく歌う曲なので、皆さんの歌声も一段と響いていました♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

 「マリモの歌」 1953年(昭和28年)、雑誌『平凡』による歌詞の一般公募で当選した1篇に曲が付けられ、『コロンビア全国歌謡コンクール』の課題曲として発表されたそうです。 
 阿寒湖に伝わるアイヌの悲恋をモチーフに、緑のマリモを涙の結晶として描写しています。 『晴れれば浮かぶ水の上 曇れば沈む水の底』と云うフレーズは、マリモの生態を恋の悲しみに擬(なぞら)えて歌っています。 八洲秀章による哀愁漂う旋律は、その後安藤まり子が歌って大ヒットし、後に芹洋子もカヴァーしています。

 「荒城の月」 誰もが音楽の時間に習っていつのまにか覚えていた曲でしょう。 作詞 土井晩翠、作曲 瀧廉太郎のこの曲は、日本で作曲された初の西洋音楽の歌曲と言われ、日本の音楽史上重要な曲とされています。
 1901年(明治34年)に、旧制中学校唱歌の懸賞応募作品として選ばれた土井晩翠の詩に、東京音楽学校の瀧廉太郎が曲を付けて作られました。 原曲は無伴奏の歌曲で、『中学唱歌集』に収められました。
 その2年後、1903年(明治36年)に、瀧廉太郎は23歳の若さでこの世を去ります。 その後1917年(大正6年)、山田耕筰は原調のロ短調から短三度上のニ短調へ移調、ピアノパートを補い旋律にも改変を加えてアレンジしました。今日歌われている「荒城の月」はこれが元になっています。
 七五調の歌詞(今様形式)で書かれた土井晩翠の詩も比類なき素晴らしいものです。 かつては栄華を誇った城も今は荒涼たるありさまで見る影もない。 そんな『栄枯盛衰』『諸行無常』をテーマにしており、
むかしの光 いまいずこ』と詠っています。 最後のフレーズ『ああ荒城の夜半の月』は、荒れ果てた城に上る月の光は変わっていないのに… と詠嘆しているように思えます。

 格調高いラストリクエストの後はガラッと雰囲気を変えて、私から「横須賀ストーリー」を紹介させて頂きました。 『これっきり これっきり もうこれっきりですか…』で始まる、1976年リリースの山口百恵のシングルです。 この曲は作詞 阿木燿子、作曲 宇崎竜童のコンビが担当していますが、これは山口百恵自身のたっての願いで実現したそうです。 これ以後もこの夫妻は山口百恵に多くの楽曲を提供していきますが、この「横須賀ストーリー」はそれまでのアイドル路線から脱却するきっかけになった曲で、80万枚以上の大ヒットを飛ばしました。 いわゆる『かっこいい』曲ですね٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 ラストソングは、Mr.M選曲の「幸せを売る男」で賑やかにお開きとなりました。 
 
 次回は3週間後の2月14日。 『バレンタイン・デー』なので、何かお楽しみがあるのでは?( ◠‿◠ ) なんて期待させておいて… ご期待に応えられるかな?
 『立春』も過ぎて春の気配も少しは感じられるでしょうか? 予報では暖かいみたいですが… 異常気象に負けぬよう、心身共に健康であらねばなりませんねᕦ(ò_óˇ)ᕤ

では、お元気で歌いにいらしてください。
お待ちしております(#^.^#)
 
                                                           神田陽子



 
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