2026年8月22日土曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 26年8月8日のご報告~ 神田陽子

   令和8年8月8日。 『8』のゾロ目のこの日は、若干暑さも和らいだような穏やかな日でしたが、やはり体調のすぐれない方もいらっしゃるようでした。 

 そんな中お集まり頂いた元気な皆さんで土曜歌声は始まりました
(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

 2日前 8月6日の広島、そしてこの翌日 8月9日の長崎の『原爆忌』に想いを寄せて、ファーストソングには『折り鶴』を選びました。 
 1番『生きていてよかった それを感じたくて ヒロシマの町から 私は歩いてきた…』 2番『生きていてよかった それを見つけたくて ナガサキの町から 私は歩いてきた…』 このフレーズで始まるこの曲を、作者の梅原司平は『反戦歌では無い』と主張しているそうです。 筆舌に尽くし難い被爆者たちの体験を見聞し、そんな中でも生き抜いてきた人間の『生への想い』『立ち直る強さ』を『平和への想い』とともに、世界へのメッセージとして作られた曲です。
 広島の平和の象徴『折鶴』に託して『羽ばたけ折り鶴 私からあなたへ 羽ばたけ折り鶴 あなたから世界へ…』と、永遠に途切れることなく続いていって欲しいと願います。

 リクエストは「夜空の星」 1966年の加山雄三主演映画『エレキの若大将』の主題歌「君といつまでも」のB面曲で、この曲も劇中で使われています。 両曲とも作詞 岩谷時子、作曲 弾厚作で、バックの演奏は『エレキの神様』寺内タケシとブルージーンズが担当しました。 ザ・ベンチャーズ初め、THE ALFEE、氷川きよし、忌野清志郎、村下孝蔵 等がカヴァーしていますが、昭和40年代のグループサウンズと歌謡曲のテイストが見事にマッチしている曲です。

 「耳をすましてごらん」 335歌集の人気曲で、朝ドラ『藍より青く』の主題歌でした。 作詞はこのドラマの脚本を書いた山田太一、作曲は現代音楽作曲家の湯浅譲二で、この人は『未聴感(まだ誰も聴いたことのない音)』という概念を追求し、管弦楽曲から電子音楽、合唱曲、映画・ドラマの劇伴曲、校歌・社歌、童謡…と、あらゆるジャンルで曲を作っており、国内外で数々の賞を受賞しています。 この「耳を…」も美しい旋律が深く心に沁みます。

 お久しぶりのとても品の良いお客様。この方はMr.Mの大ファンでいらっしゃいます(╹◡╹)♡   この日も早速ご指名で、100歌集より「Lover,  Come Back to Me(恋人よ我に帰れ)」をリクエスト。
 1928年に、ブロードウェイのオペレッタ/ミュージカル『The New Moon』のために作られたソプラノとテノールのデュエット曲でした。 1930年と1940年には映画化もされて、そこでもこの曲が使われています。 1962年にリリースされたバーブラ・ストライサンドのバージョンは、ポップなアレンジでヒットし、日本では美空ひばり、雪村いづみ、ザ・ピーナッツも歌っています。 エンディングで何度も『Lover, come back to me…』と歌って、去って行った恋人への強い想いをアピールしています。

 「海に来たれ」 原曲は「Vieni sul Mar(海はまねく)」で、イタリア民謡のジャンルですが、ナポリ民謡・ヴェネツィア民謡とも表記されます。 月明かりの下、愛しい人に一緒に船を漕ぎ出そう、と誘う情熱的な一曲です。 切なくも甘い旋律には女性を陶酔させる作用がありそうです( ◠‿◠ )

 「花まつり」 アンデス地方のフォルクローレ(ラテンアメリカ諸国の民族音楽)で、原題はスペイン語で「エル・ウマワケーニョ」 『ウマワケーニョ』とは『ウマワカのお祭り』で、軽快なリズム『カルナバリート』に合わせて歌われます。 スペイン語で「Fiesta de la primavera(春の祭り)」と紹介されることもありますが、「花まつり」というのは、シャンソンで「La Féte des Fleurs(花の祭り)」としてカヴァーされたことに由来するそうです。

 青い三角定規「太陽がくれた季節」 さだまさし「無縁坂」 伊藤咲子「ひまわり娘」の3曲を続けて歌いました。 どの曲も人気が高く度々リクエストされますが、特に「ひまわり娘」は夏の頻度ダントツです🌻

 「心の歌」  作詞 作曲は、二期会会員の声楽家・作曲家の関 忠亮(せき ただあきら)です。 戦争で傷ついた子どもたちや、荒らされた畑、焼かれた町を想い、そこから立ち上がって子どもたちは若者へ成長し、荒廃してもまた緑萌える故郷を守れ、と未来への希望と平和を願うメッセージが綴られています。 戦後『うたごえ運動』で広く歌い継がれてきた曲で、優しい曲調は傷ついた心を穏やかに癒してくれます。

 「さよならをするために」 ビリー・バンバンの1972年の曲ですが、テレビドラマ『3丁目4番地』の主題歌として使われました。その後、日本テレビ『ザ・サンデー』のエンディングテーマや、焼酎『いいちこ』のCMでも流されました。 作詞は『3丁目…』の主演 石坂浩二、作曲は坂田晃一で、この人は『おしん』のテーマ曲、西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」など、数多くの作曲を手掛けています。
 開催中の夏の『全国高等学校野球選手権大会』通称『夏の甲子園』で、ベスト4(8月19日現在)に残っている健大高崎高等学校の校歌も作曲しています。

 チューリップ「心の旅」 ジローズ「戦争を知らない子供たち」 昭和時代に大ヒットしたフォークソング2曲を続けて歌い、前半でお帰りになるお客様にもう1曲リクエスト頂きました。 やはりMr.Mをご指名で「Danny Boy」 「ロンドンデリー・エア」としても有名な曲なので、メロディはお馴染みです。
 ここで前半終了です。 この日もたくさんの差し入れを頂きながら、おしゃべりも楽しめる小腹満たしタイムへ。

 後半は近頃恒例となりましたMr.Mによる、100歌集の紹介曲でリスタート。 今宵のナンバーは「What a wonderful world (この素晴らしき世界)」
1967年のルイ・アームストロングの楽曲で、誰もが一度は耳にしたことがある曲でしょう。 作詞 作曲は、ジョージ・ダグラス(音楽プロデューサーのボブ・シールのペンネーム)で、彼はベトナム戦争、ケネディ暗殺、人種差別の争いなど、多くの問題を抱えたこの時期のアメリカを憂えて、人々を癒す目的でこの曲を作ったそうです。 
 サッチモ(ルイ・アームストロングの愛称)のハートフルな歌で世界的な大ヒットとなり、数多くのアーティストがカヴァーしています。 
 ラストのフレーズ『And  I  think  to  myself  what  a  wonderful  world…(そして(心の中で)思う なんと素晴らしい世界なんだろう)』が何度も繰り返され、日々の小さな幸せを見つけたら、世界は本当は素晴らしいんだと教えられる気がします。
 因みに『サッチモ』とは、ルイ・アームストロングは口が大きかったので、『Satchel Mouth(学生カバンの口→大口)』から来ているそうです(^○^)

 リクエストは本日2度目の「Lover,  Come Back to Me」 何度も歌うと少しずつ覚えて、いつの間にか歌えるようになるものです。 年々物を覚えるのが難しくなってきますが、認知症予防のひとつに『新しいことに挑戦する』ことが良いみたいなので、この歌声サロンで一緒に挑戦しましょう٩( ᐛ )و

 「栄冠は君に輝く」 甲子園の高校野球もいよいよ大詰めです⚾️
    次回の土曜歌声の開催日 22日が決勝の予定です。 下馬評では豪速球投手を擁する横浜高校の優勝がささやかれていますが…  (残念ながらこの後敗退…)    果たしてどこの高校に『栄冠は輝く』のでしょう?🏆  歌詞もメロディも本当に素晴らしい、これぞ高校球児への最高の応援歌ですね! 

 「真夜中のギター」 1969年に発売された千賀かほるのデビュー・シングルです。 抒情的な歌詞とキャッチーなメロディが、深夜放送を通じて受験勉強中の若者を中心に人気が出ました。 当サロンでもひと頃よくリクエストされた曲ですが、今回久しぶりに歌い、改めて良い曲だと痛感しました🎸

 ザ・ワイルドワンズ「想い出の渚」 ピンキーとキラーズ「恋の季節」 谷村新司「サライ」 久保田早紀「異邦人」の4曲を続けて歌いました。 「想い出の…」は、いかにも夏の歌のような曲調ですが、歌詞は『過ぎ去った夏の想い出を秋に懐かしんでいる』内容になっています
 1966年(昭和41年)の曲ですが、湘南サウンドの先駆けとも言える1曲です。
 「恋の…」は、作詞 岩谷時子、作曲 いずみたくのコンビが手掛けた曲の素晴らしさと共に、名古屋出身の今陽子のハスキーボイスと、ダービーハットにステッキという斬新なスタイルも話題を呼びました。
 この曲も1968年(昭和43年)の曲ですが、少しも古さを感じさせないのは不思議です。
 「サライ」はこの日体調不良にも関わらずいらしてくださったお客様のリクエストでしたが、お帰りの時に『「サライ」が歌えただけでよかった…』とのこと。 お気に入りの1曲なのでしょうね(^o^)
 「異邦人」は、年間リクエスト ベスト5に入ると思われる人気曲です。 異国情緒たっぷりのオリエンタルな曲調が多くの人に好まれる要因でしょうか? 

 「青い空は」 1971年、『第17回原水爆禁止世界大会』に向け、日本原水協と日本のうたごえが「原爆を許すまじ」に次ぐ新しい原水爆禁止の歌を公募し、第1位に入選した曲です。 『青い空は 青いままで 子どもらに 伝えたい…』のフレーズが、1番から3番までの頭に歌われますが、作曲の大西進はこの部分は『歌いきり』にしたと言っており、文章でいうと『、』ではなく、『。』なのだそうです。 1番は『原爆の悲惨さ』 2番は『巡り来る8月6日』 3番は『未来への希望』 それぞれに別の旋律が必要なほど強いメッセージ性のある歌詞を、リフレインの『青い空は…』の部分を『歌いきり』にしたことでやっと曲が動き出した、と語っています。 
 作詞の小森香子は 『被爆者で無い自分が原爆の詩を書く資格があるのか?』と悩んだそうですが、チェコスロバキアのとある村で、見知らぬ老婆に『日本から来た』と告げたとたん、『ヒロシマ!ヒロシマ!』と叫びながら抱きつかれた経験から、『ヒロシマ』は世界の言葉だと思い知り、自分は『ヒロシマの母』としてこの詩を書く決心をしたそうです。  作詞家と作曲家が精魂込めて産み出したこの曲は、平和を希求するシンボルソングとして広く歌われています。

 「精霊流し」 さだまさしの代表的な1曲で、お盆も近いこの日にリクエストされると本当にしっくりきます。 長崎出身のさだまさしの実体験(母方の従兄の死)がモチーフとなっていますが、この曲は恋人を亡くした女性の心理で描かれています。 1974年、当時フォーク・デュオ『グレープ』のシングルとしてリリースされましたが、発売当初はそれほど売れ行きは芳(かんば)しくなかったそうです。 それを東海ラジオ元アナウンサー 蟹江篤子が自分の担当する深夜放送『ミッドナイト東海』で毎週流し続けたところ、徐々に人気が上がり始め、中京地区から全国にヒットしていったと云う経緯があります。 さだまさしはこのエピソードを折々語り、蟹江篤子と東海地方への恩義を強く感じて感謝しているそうです。 今回調べてみて、1番と2番で微妙に転調されていることが判明しました。 今後は転調して歌うことになるでしょう。

 「ひょっこりひょうたん島」 1964年から1969年にかけて放送された同名のNHKの人形劇番組のテーマ・ソングで、当時の子供たち(私もですが…)に大人気を得て、最高視聴率は40%を記録しています。
 操り人形を『上から吊る糸』ではなく、『下から棒で操る(サンガラ棒)』方式を採用して、これが生き生きとしたスピーディな動きを可能にし、より人間的で魅力的なキャラクターを創り出しました
 現在再放送中の朝ドラ『ひよっこ』は時代設定が1964年(昭和39年)で、ちょうどこの番組が始まった年に当たり、劇中でもこの歌が歌われています。 
『泣くのはいやだ 笑っちゃおう…』 シンプルなこのフレーズに、苦しい時、悲しい時、誰もが励まされたことでしょう٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 「かもめが翔んだ日」 1978年リリースの渡辺真知子のセカンド・シングル。 『ハーバーライトが 朝日に変わる その時 一羽の カモメが翔んだ…』の導入部分は、ディレクターの『何かが物足りない』の一言で急遽付け足されたフレーズです。 ゆっくりバラード調で始まるこの部分があることで、その後のスピード感あふれるメロディラインがより強調されているようです。 勢いのままどんどんテンポアップして、歌い終わった時には爽快感が残る1曲です。

 この日、お別れ曲にMr.Mが選んだのは「南の島のハメハメハ大王」 1976年、NHK『みんなのうた』で初出。 作詞 伊藤アキラ、作曲 森田公一で、イラストレーターの水森亜土と、森田公一門下のトップギャランが歌いました。 ハワイ王国の建国者『Kamehameha(カメハメハ)大王』をモチーフにしていますが、子ども向けの童謡らしく、コミカルでユーモラスな曲調になっています。 『上條恒彦が歌っていたんだ…』とMr.Mが言っていた通り、1991年にカヴァー・リリースしています。  オールスタンディングで楽しく愉快に歌ってお開きとなりました。

 次回は8月22日開催です。 先ほども書きましたが、奇しくもこの日の午前中は甲子園の決勝戦。 有償候補筆頭の横浜高校は智弁和歌山高校に破れ、決勝はその智弁和歌山 対 健大高崎高校です。 歌声開催時刻には『栄冠の輝いた』高校が判明しています。 果たしてどちらの高校に勝利の女神は微笑んだのでしょう?( ◠‿◠ )
 そんな話題も楽しみに、まだまだ猛暑は避けられませんが、歌って活力を取り戻しにいらしてください♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

                                                          神田陽子



 
2026年8月8日土曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 26年7月25日のご報告~ 神田陽子

  灼熱地獄の日本列島🥵 そんな酷暑の中、暑さにも負けず歌いにいらしてくださった皆さんで土曜歌声は賑わいました╰(*´︶`*)╯


 ファーストソングには、これまで一度もリクエストされなかった(と思われる)曲、「さとうきび畑」を選びました。 たぶんその長さのせいでリクエストを遠慮されてきたのでは?  8月は『鎮魂・慰霊の月』で、毎年多くの反戦歌が出されます。 この曲は作曲家の寺島尚彦が本土復帰前の沖縄を訪問した際、摩文仁の丘で着想を得て自ら作詞も手掛けた反戦歌です。 日本で唯一の地上戦にさらされた沖縄で、命を落とした戦死者・戦没者・集団自決者の御霊の声なき声を、さとうきびが夏のそよ風に揺られて『ざわわ ざわわ ざわわ』と鳴る音に擬(なぞら)えて歌われています。 父を失った少女の想いが、『夏の陽ざしの中で』切なく悲しく流れ心を打ちます。 
 全11編の長尺の曲ですが、525歌集にはほぼ全編収録されています。 ただ『父の声をさがしながら たどる畑の道』のあとのフレーズ『お父さんて呼んでみたい お父さんどこにいるの…』だけがカットされています。 このフレーズに少女の気持ちが集約されているように思われますので、もし今後リクエストがあればこのフレーズも入れて歌いたいと思います。

 リクエストはこれも珍しい1曲で、千葉紘子の「折鶴」 元は1972年リリースの、小柳ルミ子のアルバム『京のにわか雨 はるかなるこころのふるさと』の中の収録曲でした。 同年千葉紘子のカヴァーでヒットし、以後彼女の曲として認知されてきました。 歌謡曲の王道のような曲調ですが、サビの『「わたしは待っています」と伝えて…』のフレーズに、当時このような『待つ女』の曲が多く作られた背景が窺えます。

 ザ・ブロードサイド・フォー「若者たち」 黛ジュン「天使の誘惑」の昭和の名曲2曲を続けて歌いました。 1966年と1968年のほぼ同時期の曲ですが、この頃の歌は長いスパンで流行っていたせいか、いつまでも鮮やかに心の奥に残っていますね( ◠‿◠ )

 「エルベ河」 『第二次世界大戦の時に、アメリカの兵士とソ連の兵士がこの河で出会った歌です…』とは、博識のリクエスト者のお言葉。 その通り、ナチス・ドイツの制圧を目指して進軍してきたソ連軍とアメリカ軍は、1945年4月25日(奇しくも私の誕生日)、エルベ河畔の街トルガウで出会い、両軍の兵士たちは夜更けまで祝杯をあげて祝ったそうです。 この時の様子を描いた『エルベ河の邂逅(かいこう)』という映画も作られていてこの曲が使われています。

 「山のロザリア」 よく知られているロシア民謡で、郷愁を誘うような曲調が日本人の感性に合っていると思います。 原曲は19世紀のロシアの舞踏曲「アレクサンドロフスキー」で、のちにはフォークダンス曲としても親しまれたようです。
 日本では、丘灯至夫の詞、織井茂子の歌唱で「牧場のロザリア」として発表されましたがあまりヒットせず、その後作者不詳の「山のロザリア」が歌声喫茶などで歌われて評判になり、レコード化される頃に「牧場の…」と「山の…」が同一曲であると判明したそうで、スリー・グレイセスと井上ひろしが競作でレコードを発売し大ヒットしたと云ういきさつがあるみたいです。

 「愛燦燦」 一年を通してよくリクエストされる人気曲です。 小椋佳の名曲を女王美空ひばりが見事にその人生観を表現し、その後多くのアーティストに歌われてきました。 小椋佳のワードセンスは本当に素晴らしいのですが、この曲にも『さすが!』と舌を巻く表現がいくつかあります。 その中で私が以前から不思議に思いつつも心惹かれるフレーズ 『ああ 過去達は 優しく睫毛に憩う』の解釈がいまひとつしっくりきていなかったのです。 ところが、先日ある番組でこの歌詞を次のように解釈している素人の方がいました。  『過去達というのは、過去の思い出のことで、その思い出を振り返ると涙することもあり、その涙が睫毛にたまる様を『優しく睫毛に憩う』と表現しているのではないか…』と。 『なるほど!』と、ストンと納得できた瞬間でした。 小椋佳自身はこのフレーズを、『目を閉じた時に思い出がまぶたの裏に優しく浮かび上がり、ちらついた様を表現した』と説明していますが、私はこの素人の方の解釈に強く共感してしまいました(๑˃̵ᴗ˂̵)

 シャンソン「ラ・メール」 フランス語で『海』を意味する曲です。 作詞・作曲のシャルル・トレネはこの曲の原型を16歳の時に作ったと言われ、夏の海辺を爽やかに謳ったこのナンバーは世界中で大ヒットし、数多くのアーティストにカヴァーされています。 日本でも人気の高い曲で、シャンソン歌手や宝塚歌劇団のレビューや公演のショーなどでもよく歌われています。 途中で転調するメロディラインもお洒落で気分をを上げてくれる1曲です。

 「京都慕情」 ザ・ベンチャーズの『京都シリーズ』第2弾で、インストゥルメンタルの曲に日本語の歌詞を付けて渚ゆう子がカヴァー、
京都の恋』に続いてヒットさせました。 外国人でここまで日本情緒を表せる感性が素敵で、彼らの日本愛を感じます。 夏の京都は暑いけれど、『川床』など風情のある趣きもあるので、京都へ行ってみたくなる気持ちにさせる曲ですね。

 「ヒロシマ」 これを書いている今日(8月6日)は、81回目の広島の原爆忌です。 当時を知る『語り部』と呼ばれる方々も高齢になり、それでも声を振り絞って自らの体験を語る女性がテレビに出ていました。 直に被曝体験を聞ける機会はどんどん減っていくでしょう。 いずれ戦争を知らない世代ばかりになることも避けられません。 
 フランスのシンガー・ソングライター ジョルジュ・ムスタキが、日本人の心に寄り添う優しい曲調のこの曲を発表したのは1972年でした。 穏やかに語りかけるように歌われていますが、反戦への強いメッセージは静かにけれど確実に心に届きます。 原語では、『彼女(Elle)は明日やってくるだろう。』とあり、その彼女とは『La Paix(平和)』のことだと最後に明かされます。 日本語の歌詞はヒロコ・ムトー氏。 メロディによくマッチして、広島の哀しみが胸に沁みますが、最後のフレーズ『いつか遠くなる 遠くヒロシマが…』に、この悲劇が忘れ去られることへの危惧が窺えます。

 「ひまわり娘」 伊藤咲子が満面の笑みで歌った、底抜けに明るいこの曲で、気分もアゲアゲ⤴️⤴️⤴️    『涙なんか知らない いつでもほほえみを…』元気の素になるようなこのシンプルなフレーズを含む歌詞を書いたのは、阿久悠。 弾むようなメロディの作曲はイスラエル人のシュキ・レヴィ。 人生の応援歌にも相応しいこの曲は、日本生命やひまわり生命のCMソングになったり、他にもいくつかの番組やゲームのBGMに使われています🌻🌻🌻

 Mr.Mによる、洋楽歌集100からのこの日の紹介曲は『夏だからこれしかないでしょ…』と、ジョージ・ガーシュウィン作曲の「Summer Time」 1935年のオペラ『ポーギーとベス』のアリアで、作詞は デュボーズ・ヘイワーズとアイラ・ガーシュウィン(ジョージの兄)が担っています。 
 ガーシュウィンはジャズとクラシックを融合させた「Rhapsody in Blue 」でその名を知らしめていますが、この「Summer Time 」でも、アフリカ系アメリカ人の民族音楽をもとに、彼独自の音楽を作ろうと試みました。 オペラの第一幕冒頭で、生まれたばかりの赤ん坊にクララが歌うブルース調の子守唄ですが、その後数えきれないほどカヴァーされ、1936年にビリー・ホリデイが歌ったバージョンが大ヒットし、ジャズのスタンダードになりました。
 サックス奏者 ジョン・コルトレーンは長崎での公演の最後にこの曲を演奏して、被爆地 長崎を追悼する想いを寄せたそうです。

ここで前半終了。 この日もたくさんの差し入れを頂きながら、しばし歓談の時を(*^o^*)

 後半は、100歌集の私の担当曲「Close to You 」を紹介させて頂きリスタート。 1970年リリースのカーペンターズ版が有名で、おそらく(私を初め)多くの人はカーペンターズのオリジナルだと思っていたのではないでしょうか?  バート・バカラックとハル・デイヴィッドが作ったこの曲を最初にレコーディングしたのは リチャード・チェンバレンで、その後、ディオンヌ・ワーウィック、ダスティン・スプリングフィールド、そしてバート・バカラック本人も吹き込んでいます。 カーペンターズでヒットする前にこんなにも有名アーティストたちに歌われていたのですね。
 『They long to be close to you…(彼女たちはあなたのそばにいたいと願っている)』ざっくり言えばそんな内容のラブ・ソングですが、邦題は「遥かなる影

 リクエストは、100歌集から「 Moon River 」 ヘンリー・マンシーニ作曲のあまりにも美しいこの曲は、オードリー・ヘプバーン主演の映画『ティファニーで朝食を』の劇中でオードリー自身が歌ったことで一躍有名になり、その後多くの歌手がカヴァーし、特にアンディ・ウィリアムスのバージョンが大ヒットしました。 けれど、マンシーニは『この曲はオードリーあってのもので、オードリーの「Moon River」こそが最高だ。』と書き記しています。

 石橋正次「夜明けの停車場」 オペラ『ホフマン物語』の「ホフマンの舟唄」 カーペンターズ「Sing」 吉田拓郎「夏休み」 梓みちよ「二人でお酒を」 サーカス「アメリカン・フィーリング」 海原千里・万理「大阪ラプソディー」 堺正章「街の灯り」 高田みずえ「私はピアノ」の9曲を続けて歌いました。
 「夜明けの…」は 1972年のヒットですが、歌謡曲のテイストが存分に溢れている1曲です。 ラストのフレーズ『君には罪はない 罪はないんだよ…』が印象的で、男の優しさを感じます。
 「ホフマンの舟唄」は、ジャック・オッフェンバックの作曲で、本来二重唱の楽曲です。 歌うのは難しいのですが、とても美しい楽曲です。 オッフェンバックは、運動会の徒競走のBGMでお馴染みの「天国と地獄」の作曲者でもあります。 
 「Sing」は、もともとテレビ番組『セサミストリート』の挿入歌として発表されましたが、カーペンターズは子どもたちがこの歌を歌うのを聴いた後、自分たちが歌う時には児童合唱団をバックコーラスに付けるのが常で、1974年の日本ツアーでは、地元の児童合唱団と共に日本語で歌いました。 
 『Don’t worry that it’s not good enough for anyone else to hear…(他の誰かに聴かせるほど上手くない、なんてことは気にしないで…』『Just sing, sing a song…(ただ歌を歌おう…)』 何だか歌声サロンの真髄みたいですね♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
 近頃人気の「夏休み」 やはり夏になると楽しかった(宿題には苦しめられた💦)『夏休み』が思い出されますね🍉  「二人で…」は、梓みちよが清純派のイメージを払拭し、大人の女性へと転身するきっかけとなった曲ですが、彼女の歌の上手さには定評があり、その後「メランコリー」のヒットへと続くのでした。
 「アメリカン…」はシティ・ポップスのジャンルですが、洒落た雰囲気の曲調はジャルパックの『COME TO AMERICA ‘79』のキャンペーンソングにぴったりでした。 
  「大阪…」「街の…」「私は…」の3曲も度々リクエストされますが、どれも昭和の名曲と言って良いでしょう。 歌っていると、これらの曲が流れていた当時が思い出されますね( ◠‿◠ )

 Mr.Mの紹介曲は、先ほどの「Summer Time」と絡めて、サーカスの「Mr.サマー・タイム」 カネボウ 『‘78夏キャンペーン』CMソングとして起用された曲ですが、原曲はフランスのシンガーソングライター ミッシェル・フュガンが率いたグループ『ミッシェル・フュガン&ビッグ・バザール』が1972年に発表した『Une belle histoire (愛の歴史)』です。 日本語の歌詞を竜真知子が書き、編曲は前田憲男が手掛けて、ひと夏の過ちと後悔を描いた切ない想いを、洗練された美しいハーモニーで聴かせます。 

 ラストソングは「およげ! たいやきくん」 1匹のたい焼きが逃げ出して海を冒険していく、と云うシュールでコミカルなストーリーを元気に歌ってお開きとなりました🐟

 次回は令和8年8月8日。『8』のゾロ目の何とも縁起の良さそうな日です( ◠‿◠ ) 猛暑はまだまだ続いていますが、夏バテ回復の心意気で歌いにいらして頂ければ嬉しいです٩( ᐛ )و
  けれど、決して無理はなさらず、ご体調と相談の上でご参加ください(*^_^*) 

                                                         神田陽子



 
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