2025年11月21日金曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 11月8日のご報告~ 神田陽子

  暑い暑い夏が長く続き、やっと秋めいてきたと思ったのも束の間、気がつけば早11月です。 今年も残すところ2ヶ月足らず。 『光陰矢の如し』を実感しながら、この日も土曜歌声は和やかに開催されました。

 この時期の星座に因んで「さそり座の女」をファーストソングに選んでみました🦂 
『いいえ私は さそり座の女…』のフレーズ。 いきなり『いいえ』と云う否定の言葉で始まる出だしが衝撃的な歌ですが、元はB面候補だったそうです。 美川憲一の直訴でA面として発売され、その後モノマネタレントのコロッケがデフォルメをきかせて歌ったこともあり再ブレイク、ロングヒットとなりました。 
 たまたまこの曲を歌った直後に、美川憲一さんの病気が公表されて驚きましたが、12月に愛知でコロッケさんとのディナーショーで活動再開を期しているそうです。 元気に「さそり座の女」を歌って欲しいものですねp(^_^)q

 リクエストは「シクラメンのかほり」 布施明の大ヒット曲ですが、作詞 作曲は小椋佳で、本人もセルフカヴァーしています。 
 『真綿色』『うす紅色』『うす紫』のシクラメンを、それぞれ『清(すが)しい』『まぶしい』『淋しい』と形容している小椋佳のワードセンスが光っています。

 「星の界(よ)」 晴れた夜空に星が美しく見えるこの時季によくリクエストされます
 作曲者はチャールズ・コンヴァースですが、原曲はアメリカの賛美歌「いつくしみ深き友なるイエスは(What a Friend We Have in Jesus)」です。 日本では杉谷代水が作詞し、1910年(明治43年)に文部省唱歌「星の界(よ)」として発表されました。

 「わかって下さい」 珍しいリクエストでした。 たぶん何年かぶりに歌いましたが、本当に素敵な曲です。 ため息が出るほど美しいメロディラインもさることながら、私は歌詞の素晴らしさを推したいです。
 ラストのフレーズ『涙で文字が にじんでいたなら わかって下さい』に、タイトル『わかって下さい』が入っていますが、はっきりと言葉にしない心の内を想像させる名表現だと思います。 
 因幡晃のオリジナルは、パイプオルガン(風)のイントロでドラマティックに始まりますが、歌うにはかなり難曲です(^_^;)

 「旅人よ」 加山雄三のヒット曲で、当サロンでも10指に入る人気曲です。 岩谷時子さんの詩は人生を『旅』に準(なぞら)えているそうで、その人生を歩んでいく『旅人』への想いが綴られています。

 「卒業写真」 ハイ・ファイ・セットのデビューシングルですが、作詞 作曲はユーミンこと荒井由実(現 松任谷由実)で、本人のセルフカヴァーもアルバム『COBALT  HOUR』に収録されていて、こちらはもっとポップに歌われています。 
 しっとりとバラード調に歌うハイ・ファイ・セットバージョンで歌っていますが、お好みでユーミンバージョンで歌われても全然構いません。

 「風」 はしだのりひことシューベルツのデビュー曲で、作詞 北山修、作曲 端田宣彦のフォークソングです。 寂しい雰囲気の曲ですが、最後は前向きになれる歌詞でマーチ風に歌われます。
 シューベルツはザ・フォーク・クルセダーズ解散後に、
はしだのりひこが杉田二郎らと結成したグループですが、杉田二郎はその後森下次郎と結成したジローズで、「戦争を知らない子供たち」を大ヒットさせています。

 「母」 作詞は美人画で有名な竹久夢二です。 日本語の美しさを余すところなく出して書かれた五七調の詩には、悲しいほど母への愛に溢れています。 
 製鉄所で父親とともに働く事になっていた夢二は、画家になりたいと云う夢が捨てきれず、母と姉にその気持ちを伝えたところ、ある晩、母は父親に黙って夢二を夜汽車に乗せ、東京に送り出してくれたそうです。 この詩にはそんな母への感謝と申し訳なさが窺えますが、夢二は他にも『母』を歌った詩をたくさん書いています。 そんな中の一つ。
  『泣く時はよき母ありき 遊ぶにはよき姉ありき 少年の頃』
どんなにか優しいお母様だったのでしょうね( ◠‿◠ )
 作曲の小松耕輔は、パリに留学してオペラの研究に励み、日本で初めてのオペラ「羽衣」を書いた人です。 この「母」には素朴で美しい旋律を付けて、優れた歌曲に仕上げています。
 自分も母ではあるのですが、歌っているとどうしても亡き母を思い出してしまう… そんな一曲です。

 秋の定番曲「小さい秋みつけた」🍂 作詞 サトウハチロー、作曲 中田喜直の童謡です。 
 もとは1955年にNHKの特別番組『秋の祭典』の楽曲のひとつとして作られ、ソロで歌われていましたが、今では合唱曲として歌われることが多いです。 音楽の時間に習った人もいることでしょう。

 「リリー・マルレーン」 博識のリクエスト者から『戦時中に流された曲です。』とご説明がありましたが、おそらく誰もが耳にしたことのあるメロディだと思います🎵
 私はこの曲を、マレーネ・ディートリッヒのオリジナルだと思っていましたが、元はドイツの歌手・女優のララ・アンデルセンが1939年に録音したバージョンがヨーロッパで発売されたものでした。 
 発売当時はほとんど売れなかったこのレコードは、ひょんな事から前線慰問用のレコードに紛れ込み、1941年にラジオで流されてから、戦時下のドイツ兵たちの間で大人気を呼んだそうです。
 ベルリン出身のマレーネ・ディートリッヒは、第二次世界大戦当時、ナチス政権下のドイツを離れアメリカの市民権を得ていたこともあって、進んで連合軍を慰問しこの歌を歌ったので、ドイツからは反逆者とみなされていたようです。

 「ウナ・セラ・ディ東京」 1963年にザ・ピーナッツが「東京たそがれ」として歌ったのが始まりで、当初はあまりヒットしなかったそうです。
 翌1964年に『カンツォーネの女王』として有名なミルバが来日した際、この曲を歌ったことを契機に一気にブームとなり、ザ・ピーナッツも曲調とアレンジを一部変えて「ウナ・セラ・ディ東京」として再リリースしました。 『ウナ・セラ・ディ』とは、イタリア語で『ある一夜』と云う意味だそうで、「ウナ・セラ・ディ東京」は『東京のある一夜』または『黄昏の東京』となります。 洒落たアレンジは作曲の宮川泰さんで、この年のレコード大賞作曲賞を受賞しています。

 「故郷の廃家」 原曲はアメリカ人音楽家、ウィリアム・ヘイスによる「My Dear Old Sunny Home」で1871年に作られています。 日本では1907年(明治40年)に犬童球渓(いんどうきゅうけい)の作詞で、『中等教育唱歌集』に掲載されてから広く歌われてきました。
 郷愁を誘う歌詞と旋律が、故郷(ふるさと)の今は絶えて住む人のない古家を懐かしく思い出させます。

 ここでスタッフ・リクエスト「女心のうた」「Sing」を続けて歌い、前半終了です。
お客様方と私からの差し入れが盛りだくさんで、束の間、茶話会のようでした🍵🍪

 後半は「俺たちの旅」でリスタートしました。 1975年に放送された同名のドラマの主題歌で、主演の中村雅俊が歌っています。 作詞 作曲は小椋佳で、サビのフレーズ『背中の夢に浮かぶ小舟に あなたが今でも手を振るようだ』に、彼の得意とする比喩的なワードセンスが見られます。
 ドラマの方は評判が高く、度々スペシャル版が作られてきましたが、今年ドラマ放送50年を記念して『The 50th Anniversary  俺たちの旅 スペシャルコンサート』が全国4都市で開催され、さらに来年2026年1月には、中村雅俊が初の監督・主演となる映画『五十年目の俺たちの旅』も公開される予定なので、往年のファンにとっては嬉しいことこの上ないでしょう(#^.^#)

 リクエストは「大阪ラプソディ」 度々リクエストされる曲で、明るい曲調は歌っていると何故か元気になれそうです。

 「希望のささやき」 元は新約聖書『ヘブライ人への手紙』を踏まえたクリスチャン・ソングです。 アリス・ホーソン作曲「Whispering Hope」が原曲で、日本では緒園涼子(おぞのりょうし)版と、津川主一版の歌詞がありますが、525歌集には緒園涼子版が載っています。 歌っていると、美しい旋律と歌詩に心が浄化されるような… そんな敬虔な気持ちになりますね👼

 「追憶」 この曲もアメリカで賛美歌・聖歌として歌われていた「Flee as a bird (鳥のように飛んでゆけ)」に、古関吉雄が日本語歌詞をつけたものが1939年に唱歌として発表され、以後音楽の教科書に掲載されて広く知られるようになりました。 それ以前にも「月みれば」「故小妹(こしょうまい)」の題名で発表されていましたが、古関吉男の題した「追憶」が代表的な日本語詞となって歌われてきました。

 「襟裳岬」 作詞 岡本おさみ、作曲 吉田拓郎のフォークソングのコンビが森進一に提供して話題を呼んだ、1974年リリースの楽曲です。 
 字余り的な歌を、演歌の森進一が独特の節回しで歌ってヒットしましたが、彼の新境地を開くきっかけになった曲でしょう。 
 拓郎もセルフカヴァーしていますが、ずっと軽やかな歌い方です。 

 「元気を出して」 竹内まりやの作詞 作曲の爽やかな歌で、『アサヒ生ビール』のCMでも流れていました。
薬師丸ひろ子が1984年にリリースして、竹内まりやも1988年にセルフカヴァーしています。
 失恋で傷心の友人を励ます歌ですが、『元気を出して』と云う直接的な激励を、力強くではなく、サラリと軽い調子で歌っているところがお洒落な感じです。 私は、『人生はあなたが 思うほど悪くない』のフレーズがとても気に入っています( ◠‿◠ )   小さな幸せを見つけて『そこそこ悪くない』人生なら上出来では? 

 バンバン「いちご白書をもう一度」 佐々木勉「あなたのすべてを」 夏川りみ「涙そうそう」の人気曲を続けて歌いました。 「涙…」は、作詞 森山良子、作曲BEGINによる楽曲ですが、森山良子が亡き兄を偲んで綴った歌詞は心を打ちます。 最後のフレーズ『会いたくて 会いたくて…』は、亡き人を想う全ての人の願いでしょう。

 「てんさくの花(てぃんさぐぬ花)」 沖縄本島中心に伝わる沖縄民謡の1曲で、『てぃんさぐ』は『鳳仙花(ホウセンカ)』のことです。 
 沖縄県では古くからホウセンカの汁を爪に塗って染めると、マジムン(悪霊)除けの効果があると信じられていたそうです。
 この歌は本来10番までありますが、195歌集には1番、3番、2番、6番の順で収録されていて、親や年長者の教えに従うことの重要性を説く教訓歌となっています。
 うちなぁぐち(沖縄言葉)の歌詞が沖縄音階と特有の節回しで歌われて、ゆったりとした曲調が心を癒してくれる素敵な1曲です。

 195歌集の歌詞の意味を載せておきます。

  ホウセンカの花は 爪先に染めて
  親の教訓は 心に染めなさい

  夜の海を往く船は 北極星を目当てにする
  私を産んだ親は 私の目当て(手本)だ

  天上に群れる星は 数えれば数え切れても
  親の言うことは 数え切れないものだ

  何事も為せば 成るものではあるが
  為さぬことは いつまでも成らない

 「負けないで」 40歳という若さで早逝したZARDこと坂井泉水のヒット曲で、日本テレビ『24時間テレビ「愛は地球を救う」』内のチャリティーマラソンでは、ランナーのゴール直前に会場で大合唱されるのが定番となってきましたが、2024年からは他の楽曲になっています。 いつまでも『人生の応援歌』という役割は変わらないと思います。

 「よろしく哀愁」 1974年リリースの、郷ひろみの記念すべき10作目のシングルで、唯一のオリコン1位獲得曲です。
 作詞 安井かずみ、作曲 筒美京平のヒットメーカーの楽曲で、郷ひろみが酒井和歌子と共演したドラマ『ちょっとしあわせ』の主題歌でした。
 『会えない時間が 愛 育てるのさ』のフレーズは、遠距離恋愛の恋人たちの心の支えになったとか?(╹◡╹)💕💕

 ラストソングは、Mr.Mの選曲で「空に星があるように」 荒木一郎のステキな曲ですが、微妙に変わるメロディが難しくて…  Mr.Mの完璧なリードで歌えました✨

 次回は11月22日。 晩秋の頃です。 秋の名残を感じながら、センチメンタルな曲を歌いましょうか? いえいえ、年中どんな歌でも『しばり無し』が歌声サロンの良いところ(⌒▽⌒)    季節、ジャンル問わず歌いに来てください。 

 少し早いお知らせですが、次々回は3週間後の12月13日。 この日はクリスマスバージョンで開催したいと思っています。
例年、クリスマスソングをたくさん歌い、ピアノのソロ演奏もお楽しみ頂いています🎄 

 体調にはくれぐれもお気を付けて、お元気に歌いにいらして頂けたら嬉しいです( ◠‿◠ )


神田陽子



 
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