2026年10月24日土曜日
土曜夜の歌声サロンラウム~ 26年10月10日のご報告~ 神田陽子

  朝晩と昼間の気温差が大きいため、体調を崩している人も多いようです。 そう言う私と娘も体調イマイチのこの日でしたが、お客様とMr.Mに助けられ、なんとか土曜歌声は開催できました♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪    しかも前回忘れられた『萩の花とススキ』も今日は飾られて、秋の風物詩を感じられます。

 『秋の歌』は数々ありますが、子どもの頃から親しんだこの歌「虫の声」でスタートです。 この歌にも出てくる、くつわ虫は『ガチャガチャ』、うまおいは『スイッチョン』と鳴き声で覚えた虫ですが、クマゼミのことは確か『ワシワシ』と言っていたような?  童心に返って歌いました。

 リクエストは「ダンシング・オールナイト」 1980年、ソロでは思うようなヒット曲に恵まれなかった もんたよしのり が結成したバンド もんた&ブラザーズのデビューシングルで、ダブルミリオンの大ヒット曲となりました。 有線放送で火が付き、『タモリのオールナイトニッポン』では、タモリが気に入って1日の放送で3回かけたと云うエピソードもあるくらいです。 最初ラジオで聴いた時には、ハスキーボイスの女性が歌っているのだと思った私ですが、すぐさまこの曲に魅せられ、歌詞を聴き書きしたことを思い出しました。 

 「学生街の喫茶店」 1972年リリースのガロのシングルで、作詞 山上路夫、作曲 すぎやまこういち という職業作家による『フォークソング風歌謡曲』と言われるジャンルの曲です。 この曲が最大のヒットになったことに関して、和製CSN &Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)とも呼ばれ、高い音楽性を誇っていた本人たちは、グループのイメージに合わないと不本意だったようですが…
 『片隅で聴いていた ボブ・ディラン…』のフレーズに、反戦フォークが流れていた喫茶店に集うあの頃の若者が目に浮かびます。

 「一杯のコーヒーから」 イメージ的に『喫茶店』つながりでしょうか? 時代はだいぶ違いますが、この曲は1939年(昭和14年)に発売された流行歌です。  ジャズ調のモダンなメロディがお洒落な感じですが、作曲は服部良一氏。 克久氏、隆之氏と三代にわたる作曲家の大御所です。 日中戦争のさなかにも、こんなにロマンチックな明るい曲も歌われていたことに救いを覚えますね☕️

 秋の定番曲「里の秋」 山口百恵「秋桜」を続けて歌いました。 「里の…」は、童謡歌手 川田正子が歌い、1946年(昭和21年)に始まったラジオ番組『復員だより』の曲として使われましたが、外地から引き上げて来る復員兵への想いが込められているようで、戦後の人々の心を慰めたと言われています。
 『秋の桜』と書いて『コスモス』と呼ばせた さだまさしの感性には恐れ入りますが、歌った山口百恵の歌唱力・表現力にも心を打たれましたね。 この曲は『歌う』のでは無く『語る』のだ、と言われていますが、特に1番の『苦労はしても 笑い話に時が変えるよ 心配いらない…』と、2番の『元気で…』の母親の言葉は、「 」(かぎかっこ)で囲んでみると、より気持ちが込められると思います。

 「テ・キエロ・ディヒステ」 ムーディーなラテンナンバーで、ボサノバ調のリズムが快く響きます。 原題は「Te quiero dijiste」『愛している、とあなたは言った』と云うような意味だそうです。 日本では坂本スミ子、小野リサ 等が歌っています。

 ロシア民謡「寂しいアコーディオン」 『これは、ブログにも書きましたけど、前回出た「川岸のベンチで」と同じモクロウソフの作曲ですね…』と話しましたら、『それでリクエストしました…』と、アップされたばかりのブログをもう読んでくださったとのことで、本当に嬉しいリクエストでした( ◠‿◠ )    モクロウソフはロシアの伝統的な音楽を大切にしながら現代音楽との融合を意図した曲をたくさん作っており、彼の曲には、朴訥としたロシア民謡に現代曲のテイストが感じられます。

 525歌集から「野菊」「ふじの山」の童謡唱歌を続けて歌いました。 どちらの歌詞も七五調で書かれているので、優しい旋律と共に、日本の古き良き風情を感じます。 「ふじの山」は作曲者不詳となっていますが、1910年(明治43年)に刊行された『尋常小学読本唱歌』が初出です。 フジパン株式会社の『フジパンの歌』の間奏では、この曲の最終節のメロディがそのまま流用されたそうですが、富士山の見える静岡県や山梨県でも、様々な場所でこの曲のメロディが使われているようです🗻

 Mr.M の洋楽紹介。 100歌集より「Autumn Leaves (枯葉)」 525歌集には岩谷時子の作詞で日本語バージョンが載っていますし、美しい旋律は誰しも一度は耳にしたことがある1曲です。
 オリジナルはフランス語の「Les Feuilles mortes」で、1945年、ローラン・プティ・バレエ団のステージ『Rendez-vous (ランデヴー)』の伴奏音楽の一つとして、ジョゼフ・コズマが作曲したメロディが原型です。 翌年1946年に、映画『Les Portes de la Nuit (夜の門)』の挿入歌として用いられ、ジャック・プレヴェールが詞を付けました。 劇中では新人歌手だったイヴ・モンタンが歌い、これが歌曲としての「枯葉」のオリジナルとなりましたが、このバージョンはあまりヒットせず、後にシャンソン歌手ジュリエット・グレコが歌い、世界的なシャンソンのスタンダードになったと云う経緯があります。
 1949年に、キャピトル・レコードの創設者でもあった ジョニー・マーサーが英語歌詞を付け、それが100歌集にも載っている「Autumn Leaves」です。 ビング・クロスビー、フランク・シナトラ 等、有名アーティストが歌い、1956年のアメリカ映画『Autumn Leaves』では、ナット・キング・コールが「枯葉」を主題歌として歌いました。 英語バージョンにはいわゆるヴァース(序奏部)がありませんが、はるか後年に、ジャズ評論家・翻訳者の日本人タレント、大橋巨泉が作詞したそうです。
 語るように歌われるシャンソンですが、この曲のラスト部分『But I miss you most of all,  My daring , When autumn leaves start to fall…(でも、あなたが最も恋しくなるのは、愛しい人よ、秋の葉(枯葉)が散り始める時…)』の『My darling …』は、愛しい人に呼びかける気持ちで歌うと良いのでは?❤️

 リクエストは「千の風になって」  アメリカで発表された詩『Do not stand at my grave and weep (私のお墓の前に立って泣かないで)』を、2001年に、日本人作家・音楽家の新井満が翻訳し、曲を付けた楽曲で、日本では秋川雅史の歌唱でミリオンセラーを達成しています。 タイトルの「千の風になって」は、原詩の3行目『 I am a thousand winds that blow (私は吹き渡る千の風です)』から借用されているそうです。 その後、自然災害やテロの犠牲者を悼む、鎮魂の曲として広く歌われてきました。 
 『私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません…』のフレーズに対して、日本の文化である『墓参』を否定するものであると、とある仏教史家が自著で激しく反意を示したり、『王様』と云うアーティストが、この曲へのアンサーソング『万の土になった〜お墓参りに行こう〜』を発表したりと、物議を醸したようですが、たとえ形は違おうとも、死者を悼む気持ちに変わりはないと思います。(実際、私の父などは遺言により散骨したので、お墓には入っていません…)   死者の魂が風になって漂っているなら、それは素敵なことかも知れません。

 「小さな木の実」 日本語歌詞の作者 海野洋司は自分の息子が生まれた記念にこの詞を書いたそうで、少年と父の物語のような内容になっていますが、原曲はビゼー作曲の歌劇『美しきパースの娘』のセレナードで、音楽に造詣の深いお客様より『あれは誤解を受けた彼氏が、「これは誤解なんだよ。君の誠実な男の話を聞いてね」と、彼女の家の窓の下で歌うアリアなのです。』と、解説を送って頂きました。 当サロンでもとても人気のある曲なので、日本語の歌詞とは全く違うオリジナルを学べたこと嬉しかったです( ◠‿◠ )

 石原裕次郎「夜霧よ今夜もありがとう」 五つの赤い風船「遠い世界に」 森山良子「この広い野原いっぱい」の、昭和の名曲を3曲続けて歌いました。 
「夜霧よ…」は、作詞・作曲とも『ハマクラさん』こと、浜口庫之助ですが、たまたまゴルフ場で出会った裕次郎に依頼されて短時間で作ったそうです。 後年著書『ハマクラの音楽いろいろ』の中で、『あの曲は、当時僕の見た裕次郎映画のどこかのシーンから想像して作ったもの。 裏町の飲み屋を舞台に、レインコートの襟を立てて登場する裕次郎を描写した。』と述べています。 同名の映画も制作され、どちらも大ヒット。裕次郎の代表作となったのは周知の事実です。

 100歌集より「When  You Wish Upon a Star (星に願いを)」 525歌集にも日本語併記で載っていますが、この日は英語バージョンのみで歌いました。
1940年のディズニー映画『ピノキオ』の主題歌で、数あるディズニーの名曲の中でも最も素晴らしい曲とされています。 その年のアカデミー賞では作曲賞・歌曲賞を受賞し、またオスカーを獲得した最初のディズニーソングでもあり、まさに世界中で愛されているナンバーと言えるでしょう。
 星をテーマにしていることや、幻想的でロマンチックな曲調がクリスマスのイメージを想起させることから、クリスマス・ソングのジャンルに入っていることも多いです。
 『Fate is kind,  She brings to those who love,  The sweet fulfillment of their secret longing… (運命は優しい。彼女(運命)は、愛する人々に、彼らの秘めたる願いの成就を優しくもたらす…)』 運命は優しくて、愛を持っている人々の秘めたる願いをきっと叶えてくれる… そんな感じでしょうか? 大切なのは、『愛情を持てる人』でないと運命は優しく微笑んではくれない、と云うことですね(⌒▽⌒)

 スコットランド民謡「故郷の空」 原曲は、ロバート・バーンズの詩を、1790年代に曲に乗せた「Comin’ Thro’ the Rye (Coming Through the Rye) (ライ麦畑で出逢うとき)」と言われており、茶目っ気と悪戯心(いたずらごころ)に満ちた楽しい曲だそうです。 525歌集の日本語歌詞は、「鉄道唱歌」などの歌詞を書いた大和田建樹のものですが、詩人 大木惇夫と、声楽家 伊藤武雄共作の「麦畑」は、原詩に近い訳となっています。 よく聞かれる『誰かが 誰かと 麦畑…』ですね。 
 メロディは「Auld Lang Syne (「蛍の光」の原曲)」に似ており、「Auld Lang Syne」は、この曲のバリエーションの1つに由来するとされているそうです。

 姉妹デュオ チューインガム「風と落ち葉と旅人」 童謡「秋の子」の、秋に相応しい2曲を続けて歌いました。 「風と…」は きれいな二部合唱曲としても歌われますので、主旋律が分かりにくいかも知れませんが、お好きなメロディで歌ってください。 「秋の子」は、サトーハチローの詩が当時の子ども事情をよく表していますが、『おもり』をしたり、『ふろたき』してる子の様子など、隔世の感がありますね。
でも、優しい曲調の歌の中で、子どもたちはみんな幸せそうです(*^o^*)

 ここで前半終了です。 奥飛騨温泉郷のお土産他、差し入れを頂きながら歓談しました。

 後半はリクエストで再スタート。 ナポリ民謡(カンツォーネ)「カタリ・カタリ(Core ‘ngrato (つれない心)」 リクエスト者のリードで、日本語・イタリア語の両方で歌いました。 『カタリ』という女性への、忘れられぬ想いを切々と唄う男心(?)の曲です。 『カタリ カタリ 君はわれを 早や忘れ給いしや…』からのフレーズは、テンポが速まり募る想いが溢れ出す… まさにパッション! 

 沢田研二「時の過ぎゆくままに」 テレサ・テン「時の流れに身を任せ」 奇しくも『時の…』で始まる昭和の歌謡曲2曲を歌いました。 「時の過ぎゆく…」は男性の、「時の流れに…」は女性の気持ちが歌われていますが、今の男女間の恋愛模様とはかなり違う感じですね。

 「ひょっこりひょうたん島」 魅力的なキャラクターが目白押しで、(私もその1人ですが)当時の子どもたちに大人気だった同名の人形劇番組のテーマソングとして、脚本を手がけた井上ひさしと山元護久が歌詞を書いています。
 『苦しいことも あるだろさ 悲しいことも あるだろさ…』『だけど ぼくらは くじけない 泣くのは いやだ 笑っちゃおう…』のフレーズは、リズミカルなメロディと相まって、心の応援歌として今も老若男女に親しまれていますね٩( ᐛ )و     それにしても、当時は何とも思わなかった『島が漂流していく』という設定は、今思うとかなりシュールですね🏝️   『ひょっこり』とは『不意に』という意味なので、島が不意に出現する… 摩訶不思議(๑˃̵ᴗ˂̵)

 加山雄三「旅人よ」  イングランド民謡「埴生の宿」  伊勢正三と大久保一久のフォークデュオ 『風』の「22才の別れ」の3曲を続けて歌いました。

 「埴生の宿」は、イングランド民謡「Home !  Sweet  Home !」を原曲としますが、1823年に作詞・作曲され、同年初演のオペラ『Clari, Maid of Milan (ミラノの乙女クラリ)』の中で歌われました。 「楽しき我が家」という邦題でも知られており、古くから歌われてきた日本の唱歌と言っても良い楽曲です。 
『埴生の』とは『粗末な』という意味で、原曲にも『There’s no place like home …』とあるように、『たとえどんなに粗末な家であっても、我が家に勝る場所は無い』と歌っています。 日本語歌詞は里見 義(さとみ ただし)という作詞家・国学者が書いていますが、この人は1824年(文政7年)に生まれていますので、江戸時代を生きた人物でもあります。
 古典の様式で書かれた詩には、当時の日本人の品格が感じられます。

 ラストリクエストは、岩崎宏美の「思秋期」 作詞 阿久悠、作曲 三木たかしによる楽曲で、生涯5000曲以上の作詞をした阿久悠自身も『この歌は名曲だと思っている。』と自賛していたようです。
 この曲は、通り過ぎた季節を『秋に思い出している』少女の想いを歌っていますが、『私十八…』『やがて十九に…』のフレーズを歌う時、どうしても気恥ずかしくなってしまいます(#^.^#) 
   けれど(およそ半世紀前のことですが…)、誰にでも確かにその年齢の時があったのだと思い直し、歌うことでその頃の自分に会えるような気もします( ◠‿◠ )  『歌の力』を借りて、『青春はこわれもの 愛しても傷つき…』『青春は忘れもの 過ぎてから気がつく…』の心情に浸れる… そんな素晴らしい1曲です。 ピアノのクラシカルなアレンジも、この切ない曲を引き立ててくれます。 秋には欠かせない名曲ですね。

 この日のラストソングは、Mr.M選曲の「夏の日の思い出」 1965年(昭和40年)発売の、ハワイアン歌手 日野てる子の代表曲で、エキゾチックなムードで歌われました。 彼女の甘い独特な歌い方はこの歌をより魅力的に感じさせ、大ヒットに一役買いました。 秋の日のお別れ曲にもぴったりでした。

 次回は、10月24日。 台風30号が発生してその動きも気になりますが、まだ大きな影響は無さそうです。 皆さまのお越しを心よりお待ちしています。(けれど、決してご無理はされませんように…)

 11月から1月までは、イレギュラー開催が続きます。 基本的に第4土曜日は全て開催できますが、第2土曜日は第1か第3に振り替えになっています。 その都度お知らせしますので、ご確認よろしくお願い致します。

                                                           神田陽子



 
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